誕生
Lucy

―ルシーの物語を読んだ時、私は十四歳だった。物語のルシーは死んでしまったので、私はルシーの続きを生きなくてはならなかった。―



     *

僕たちは何度もすれちがい
そしてとうとうめぐりあえた けれど
物語は終わらない
だからまた君を見失い
いつかどこかで見つけ出しても
あの時はこうだったのと
本当のことを話しても
あしたの君はまた違うことを言うのだろう
あれは嘘だったの あれは
錯覚だったのと
あるいはずっと変わらない心でいたことを
信じてほしい だなんて
 ハッピー バースデ―
今日生まれた僕のために
あした生まれる君のために
どこまでも未刊の僕らの物語のために
ページはめくれる
誰が嘘つきだったのか
真実は解き明かされるのか
どこから誤解が生じ
どうすれば修正できたのか
事実は誰に暴かれる
あなたが騙されたのはなぜ?
そして突然証明されるアリバイ
ふいに曖昧になる動機
ジ・エンドのない物語
次から次に生まれかわる
僕らの脳細胞にカンパイ
塗りかえられていく記憶に
書きなおされる未来に
・・・ハッピーバースデ―


     *

ルシーはいない
私の胸の奥の湖をどんな月夜が照らしても

冷たい氷の湖に落ちて死んだからこそ
永久に少女でいられたルシー
十四歳の時でさえ私はそれを知っていたのに
ルシーは私に棲みついた
それはわたしのお気に入りの嘘
あれから私は何回だめになり
何回立ち直ったかしら
ひとりの自分を信じようとして
裏切られ
ひとりのあなたを
信じつづけて 夢の中に戻って行った

夢はない
ルシーはいない
今ははっきり言いきれる
そしてセバスチャン あなたも

老いていく自分を受け入れながら
もう誰にも恋なんかしていない自分を受け入れながら
物語をゆっくり閉じる
とても平凡なエピローグ
家族を愛し
必要とし
特別な才能なんてなくても
ありきたりの日々の暮らしに幸せをみいだし
静かに あなたを忘れましょう
ついでに言うけど少女のままでいる事なんか
少しもすてきなことじゃない


     *


今日 道を歩いていると
渇いた落ち葉がわたしを追い越していった
いつか吹かれたことのある風
知っている風
時の向こうの
さらに向こうの
同じ季節からまっすぐに吹いてきて
四十数年の年月を一足飛びに
吹きぬけて
幼い私に吹いたのと同じその風が
私に届く










   《2004年12月「蒼原」70号に掲載の過去作を修正しました》




自由詩 誕生 Copyright Lucy 2014-10-25 15:08:39
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