駆除
ホロウ・シカエルボク



深夜、少年たちは繁華街のグレーのキャディラックに駆け上がり、思い思いの武器で滅茶苦茶に叩き壊した、騒ぎを聞きつけて飛び出してきたキャディラックの持主もこみで…持主が連れていたゴージャスな女は事が終わるころにはボロ雑巾になっていた、サイレンが聞こえてくるころには彼らは蜘蛛の子をちらすように居なくなった、薄暗い路地にバラバラに逃げ込んで、すぐに足音も聞こえなくなった、ここいらで近頃暗躍しているやつらに違いなかった、今夜の被害者は誰も生き残らなかった、ようやく駆けつけた刑事たちはもとは車と人間だった煤けた物体を見下ろして舌打ちをした、幼いギャングたちはすでに隠れ家の中で息を整えていた、「今夜はばっちりだった」と誰かが言い、また別の誰かが賛同するように浮かれた声を上げた、「静かにしなよ」と高いがクールな声が彼らを制した、「サツがその辺に居たら怪しまれるぞ」「お前はまた」とまた別の誰かが口を開く、「俺たちのリーダーにでもなったつもりで居るのか?」「そんなつもりは無いよ」「ただ、忘れたのか?ニックは逃げ切ったつもりでいい気になってるところを押さえられた、ついこないだのことだぜ」「まあ、わかっちゃいるけどよ」と、噛み付いた声はしぶしぶ同意した、隠れ家は数十年前までは住める家だった廃屋で、その周辺の建物と同じでもうなんの価値もないものだった、もう誰もそんなところになんか近寄らなかった、狂犬病を持った野良犬がしばしばうろついていたし、麻薬で頭がいかれた連中もたくさん居た、そいつらがゾンビ映画のように毎日、殺し合いを展開していた…少年たちの隠れ家はそういった区画の一番はじのあたりで、やましいことがある連中はみんなそこまではやってこなかった、隣のブロックにやってきた警官なんかに見つかるとオダブツだからだ、少年たちは気を引き締めて耳を澄ませた、犬の吼え声がした、まともな犬の声だった、病気のある犬の声は、ジョン・ゾーンの叫び声のようなイントネーションになる、少年たちは長い間そこをアジトにしていたから、そうした鳴き声を聞き分けることが出来るようになっていた、食べ物や酒を盗み、無差別な暴力を繰り返してはそこへ潜り込んだ、目に付くような道は決して通らないようにしていたから、法規的暴力によってそこを嗅ぎつけられる可能性はまず無かった、でも彼らは用心を忘れなかった、まだ十代半ばの連中にしては良く出来ていた、ここは地図に無い島ではないのだ、カンのいいやつなら地図を見ただけで怪しいと思うかもしれなかった、罪を犯すときにはなるべくそこから離れた場所で行うように注意してはいたけれど、グループの中に一度も捕まったことの無いものなど居なかったし、用心はし過ぎるに越したことは無いと誰もが理解していた、だからさっきのクールな声に異議を唱えるものはもう居なかった、彼らは廃棄物のようにしんとしていた、僅かに建物に入り込む灯りが壁に映し出すシルエットだけが、彼らが生物であることを微かに伝えていた、秋から冬に変わるころの強い風に吹かれて、時々もよおしたみたいに震えていた、そんな緊張が半時間は続いた、「もう大丈夫かな?」誰かが言った、別の誰かが窓のそばに立った、プラチナ・ブロンドの頭と、神経質そうな青い瞳が光の中に見えた、「大丈夫みたいだ」少年たちは緊張を解き、今日のゴキゲンな出来事についててんでに喋り始めた、あのときのあいつの顔ときたら!小便を漏らしてやがったぜ、殴り過ぎて手が痛えな、お前みたいに鉄パイプにすりゃ良かったぜ、今度取って来とけよ、○○の工場に行けば山ほど手に入るぜ…そんな中で一人、何も言わないでじっと窓のそばに座っているものが居た、ついさっき用心深く外を覗いていた少年だった、彼はまるで老人のような目をしていた、どうして彼だけがいつもそうして静かにしているのか、騒いでいる連中にはまるで理解出来なかった、だけど彼の言うことには間違いは無かったし、彼が居ることで助かったことも一度ではなかったので、みんな彼のことが好きだった、彼のほうはそうでもなかった、彼が、いろいろなポイントに気づくことが出来た理由はただひとつで、どうしようもなくつまらないからだった、みんなは先週かっぱらってきたビールのケースを出して飲み始めた、騒ぎは次第に大きくなった、今夜あったことなどもうみんな忘れていた、窓のそばに居た少年も少しリラックスして缶ビールを飲んだ、楽しそうな連中の中に居ることは嫌いではなかった、たとえそれが本当のものではなかったとしても…明け方が近くなったころ、騒ぎの中でうとうとしていた彼の耳は複数の静かな足音を捕らえた、「誰か来た」「逃げろ」彼が静かにそう告げるのと同じだった、少年たちが居る部屋のドアを蹴り開けて数人の大人が雪崩れ込んできた、完全に油断していた仲間たちは体勢を整える暇も無く取り押さえられた、青い瞳の少年にだけは、そうさせない為の準備をする時間があった、仲間たちを乗り越えて彼の元に向かってきた若い刑事に、彼は隠し持っていた銃を向けた、刑事がひるんだ隙に一発撃った、脚を押さえて刑事がうずくまった、少年は窓から飛び降り、枯れた低木の上に着地した、前々から逃げるときはそれを使おうと考えていた、衝撃は思っていたよりもあったが、ダメージにうずくまる時間は無かった、少年はすぐに走り出した、しかし、足首にひびが入ったらしかった、数十メートル先でがくんと体勢を崩した、そのときだった、銃声がして、少年は崩れ落ちた、威嚇のつもりだったか、それとも命に危険が及ばないところを狙ったものだったのかは判らなかったが、少年は不安定によろけていたのでそんな意図とはまるで違うところに弾丸は命中した、倒れた少年はピクリとも動かなかった、きっと死んでいるだろう、と誰もが思うような状態だった、そしてそれは間違いではなかった…少年は死んだ街の路上で、月が照らすひび割れた道路を見ながら死んでいった、静かだ―それが、彼が最後に思ったことだった。






自由詩 駆除 Copyright ホロウ・シカエルボク 2014-10-05 23:43:12
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