「呼ぶ」
小夜

「きのう
お会いしましたね」


見知らぬかげが
暗がりを指さす

「覚えていられないので
さきにいいました」



暮れ方の街
屋根は正しく空を切り取り
はがれた青は道へと落ちて
あるく靴底に溶けていく

見上げれば雲の隙間
いまはもうない
星の名残りが揺れている
残像にたくされた
ねがいは闇に溶けだして
あてのない旅に出る


うすい背中が消えていく


暗がりのそこかしこから
流れてくる楽しげな音楽
それが声だときづくころには
やはり
うしろ姿になっている



ねがいが果てをめざすとき
声は家路をいそぐ
からだをとりもどすため



「あした
お会いしましたね」


伸ばした腕を丁寧にたたんで
今度はこちらへ
さしのべる

「持ってはいかれないので」


てのひらの
うすあかりが
溶けだすのをみとどけて

背中が
消えるまでみおくって
思い出にも約束にも似た
主のない声はここに埋めて
あるきだす


みんな
うしろ姿になっていく



どこへ向かうのでも

迷い道でも
待つひとがいてもいなくても
たどりつかなくても
家路はいつも
正しかった



「いつかお会いしました」



いつの間にか雲は切れ
のぞいた空に正しい月
名残りの星座をたどるように
正しい家路を
踏んでいく


自由詩 「呼ぶ」 Copyright 小夜 2014-10-02 18:43:23
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