トラッシュ(覗き込んだつもりが実は)
ホロウ・シカエルボク




空は、終わっているものたちで溢れていて、術のない鳥たちが嘆きながら羽ばたいている、雨模様から懸命に抜け出そうとする太陽は、幸せを主張しすぎて磨耗した群衆を疲れさせている、誰の言葉も届くことなんてない

飲み尽くされ捨てられた路上の缶コーヒーの飲み口に一匹の羽蟻が迷い込み、加糖飲料の暗闇の中に作成された絶望を覗く、解読されることのない黙示録のようなそれは、空気に侵食され緩やかに腐敗しながら、エンドロールを提示し続けている

排水溝に潜んでいる得体の知れない生物、もとは誰かが飼育していたものだった、彼は必要のない余り物ならすべて食った、そうして太り続け、よりよい獲物を求めたが、欲望に塗れる頃には身体が自由にならぬほど太っていた、汚水の中で彼はすべてのものを呪いながら惨めに死んで行った、もの言わぬ彼の姿はまるで排水溝の賢者のようだったが、すぐに形を無くして記憶の海のようにねっとりとうねる水の中に落ちていった

ストリートミュージシャンが喝采を浴びていた、彼は美しいラブソングをたくさん作ることが出来た、そしてそれを美しく演奏する技術も持ち合わせていた、彼がギターを爪弾いて歌い出すと誰もが脚を止めてうっとりと聴き入った、彼の声は蜂蜜を落とした珈琲のようにちょうどよい苦味と甘みを持っていた、そして彼は真夜中に何人もの女を殺している殺人者でもあった、始まりがどんなことだったのか彼自身もう思い出すことはなかった、ただ非情に残酷に女を切り刻んだその夜には、この上無く美しい音楽を作り出すことが出来た、彼は今日も全身全霊で歌っている、彼が手にかけた女たちの中には、まだ居なくなったことさえ気づかれていない者も大勢居る

鋼鉄のドアの向こう側で一向に終わらないノルマを抱えた工場長が250tのプレス機にワイヤーロープを掛けて首を吊った、発見されたときには首がちぎれかかっていたそうだ、足元には裏に無数の数字が書き殴られた発注伝票が一枚落ちていた、それは彼の血を吐くような努力の成果であり、そして一度も評価されることはなく葬られた結果であった、機械油と大量の血液、そして垂れ流された糞便が混じり合った臭いはまるで具現化された呪いのような印象を人々に与えた、その日のうちに工場は閉鎖された、責任者は行方をくらまし、誰も後始末をすることがなかった、工場長の死は印画紙のようにそこに焼き付けられてしばらく生き続けた

60年ほど前にある河で溺れた少女はまだそこを出ていくことが出来ず、涙の後に湛えられた闇を映した瞳で河原に座り込んでいた、彼女の父も母もすでにこの世には居なかった、二人とも彼女のことを連れて行こうとこの河原に立ち寄ったけれど、お互いにその姿を目にすることも叶わなかった、彼女と彼らとでは立ち位置が違い過ぎた、彼らは絶望しながら去り、彼女はもはや描く感情すら無くただ座り込んでいた、思い返すのは水の中で死を予感した瞬間の戦慄と、何とかこの世に留まろうと強く願った思いだけだった、朝に光を跳ねる川面を、夜に隠れ、わずかなせせらぎだけを聞かせる川面を、彼女は眺め続けた、どんな変化が訪れることもなかったし、それはこれからもおそらくは訪れることはないだろう、認識されない質量はどこへやられることもない

日常は淡々と流れ、それは最高の優しさであり、また、最高に残酷な現象でもある、ある瞬間とある瞬間の狭間で、それは振り分けられていく、心のありようがどうだとか、日頃の行いがどうだとか、実際そんなことはあまり関係が無い、それはただ、どちらの側に転がって来たかという話に過ぎない、そうでなければ、例えば河原に座り込む少女の人生が報われることはない、神の言葉を信じてはならない、悪魔の言葉を、閻魔の言葉を信じてはならない、すべての幸や不幸が誰かを選んで訪れることが無いように、この世の終わりになるほどと頷けるような理など存在しない、たまたま弾道に重なって立っていた誰かが撃ち抜かれてぶっ倒れる、それだけのことなのだ、俺もいつかそのことを知るだろう、あなたもいつかそのことを知るだろう、俺たちはルールの無いボードゲームの駒であり、気まぐれのようなものに左右されて一生を終えるのだ、誰の死を哀れむこともする必要はない、その舞台には必ず立つことが出来る、生涯を嘘だと思えなければ、勇気など持ちうることは不可能だろう。




自由詩 トラッシュ(覗き込んだつもりが実は) Copyright ホロウ・シカエルボク 2014-09-20 12:35:26
notebook Home 戻る  過去 未来