仕事場で
藤原絵理子


「夏風邪,気いつけや」

マスクをしたあたしに
チューブだらけの 彼が言った
ぶっきらぼうに 頼ってくれた
無愛想さも 衰えていく 痩せた腕

二つに引き裂かれそうだ
「先生,顔色悪いよ」
ゆいちゃんが指差したデータに
片方のあたしが引き戻される

「夏風邪,気いつけや」
土気色の唇が
酸素の泡音をぬって
そう言ってくれた

彼に言われた
声の反響を
葬儀屋の丁寧なお辞儀が
かき消した 月が見ていた

儀式のように 頭を下げた
遺族の顔が 少し
晴れやかに見えて
もう一度 頭を下げた



自由詩 仕事場で Copyright 藤原絵理子 2014-09-04 23:08:18
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