ラストフライト
ただのみきや

ゆっくり飛ぶことを覚えると
世界中が振動していた
いのちは飛沫を上げて
たゆたいゆらいでいた
風が凪げばふわり
お天道様と池の間に佇んで
煌めきって残酷だ
元気なものへは恩恵
弱ったものからは容赦なく奪う
光には重さがあるのさ
長くは止まらない
最近知ったことだけど


ずっと変わり続けて来た
否応なしに 生きるってたぶんそうなんだ
ぬるくくぐもる水の中から
陸に上がって皮を脱ぎ捨てた
古い世界ごとね
息が止まるほどだったよ
熱い光が降り注ぎ大気は絶えずうねり
植物たちの生の息吹が膨らんでは弾けていた
無数のいのちが華々しく 喰ったり喰われたり
なんて獰猛 なんて美しい世界


数えきれないほどの兄弟たちが
陸に上がるころには十分の一もいない
飛ぶようになってからは
さあ みんな何処へ行ったのやら
たくさん喰われるのを見たよ
鳥や蛙の腹の中さ
新世界に浮かれすぎて
自分から蜘蛛の巣に飛び込んだ奴
強い相手に追っかけられて
水の中に逃げ込もうとした奴もいた
故郷が匿ってくれるとでも思ったのか
だけど水は浮力で突っぱねた
変わったのは自分自身
子どもの頃に戻れる筈もないのに
もがけばもがくほど
波紋を伝って掃除屋たちが押し寄せて


おれだけ残った
競争に勝った訳じゃないさ
なんの差もありゃしない同じ兄弟たちだ
生まれた瞬間から
誰もが死から逃れて生へ走り続けた
運が良かったのかも解からない
ただまるで途轍もなく大きな動物が
美しい世界の均衡を保つために 初めから
定められていたいのちの数を平らげただけで
たまたま残った側にいただけのこと
早いか遅いか 
先か後か
ほんのちょっと 
翅の先っちょの差


交尾が終わってから気づいたんだ
わかるんだよ
いのちの残量が腹の辺りにあってね
まあ天気に恵まれれば
あと三回くらい朝陽を拝めるだろう
明日には出発して
海へ出てみるさ
陸を全く感じなくなるまでね
いのちが尽きて落っこちて
なにもかもすっかり消えて無くなる
最後の瞬間
懐かしい水に抱かれたい
そんな気持ちになったんだ
なんだか不思議なものだね



          《ラストフライト:2014年8月13日》







自由詩 ラストフライト Copyright ただのみきや 2014-08-13 21:57:04
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