降り来る言葉 LXVII
木立 悟




壁の隅の夜を
蜘蛛のかたちの水が昇る
ひとりの蜘蛛が
従者のように着いてゆく


緑の坂が八月を擦る
指は棘 長い長い棘
水の抵抗に反り返り
鍵盤の主に突き刺さる


薮に撒かれつづける陽
枯れている陽
誰にも触れぬ陽
うしろを向く陽


川をちぎり
霧をちぎり
夜風に虹を疾らせる
なまあたたかい 白い音たち


集落に降る針
川下を埋める火
舌の上の二重の虹
誰にも見せたことのない光


屋根が同じ色に燃え上がる
青と鉛を滑る夜
在る名前 無い名前をこぼし
砂浜の墓地をすぎてゆく


ひたいを切り
紙に蒼を押しつけ
すぐに忘れてしまう言葉を繰り返す
心臓の近くに降る無言を繰り返す


足元を歪める暗い光を
四角に四角に蹴りながら
泥の灯り 錆の埠頭
振り返ることのない影の波


冬を越えてくる冬が
高い曇を廻している
ほどけ積もる白と黒
足跡のない一瞬の朝の原


棄てられた幌馬車に雷が落ち
静かに静かに燃えつきてゆく
草地も林も
目をふせる


空と頭蓋をつらぬく柱が
まぶしくかがやき夜を照らす
痛みは冷たい影のように
空の端 柱の先から降りそそぐ


























自由詩 降り来る言葉 LXVII Copyright 木立 悟 2014-08-11 12:48:48
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