「私」のノンレトリック
佐々宝砂

まず言っておかなきゃならない
これを読んでるあなたは
(あなたが誰であれ)
この雑文における「あなた」ではない
あなたと「あなた」は別人である
筆者と「私」も別人である
まずあなたにこれだけ忠告しておかないと
なにひとつ進みそうにない

で この雑文が詩であると仮定して
(詩じゃないという気がするがひとまず仮定して)
こんなことを詩の中に書くのは
ルール違反に違いないと思われるのだが
筆者がこの詩で述べたいことは
「私」は「あなた」が好きだということである
それがどーしたと言われると話は終わりだが
しかたないじゃないか
筆者は非常に疲労してアホになっており
ほかに述べたい主題なんか持っていないのだ

と いうわけで 前置きはおしまいで
いよいよ「私」について語ろう 
いま「私」はひとり窓から外を見ている
外は夜明けで少しずつ明るくなってきて
その明るさに薄れゆく蠍座のアンタレスの赤に
「私」は理由のはっきりしない郷愁を覚えている
「私」は星が好きだ
対象が星であるならいくらでも好きだと言える
好きだ好きだ大好きだ
レトリックもクソもありゃしない
好きなものは好きだ
好きだから好きだ
「私」はその感情をアンタレスに放射する
アンタレスは無機物に過ぎないので文句は言わない
文句は言わないが愛を返してくれるわけでもないので
「私」はだんだん悲しくなってくる
悲しくなってくるが好きなものはやっぱり好きで
感情の隠蔽は身体によくないから
「私」は再び好きだ好きだと繰り返し
その言葉をただまっすぐ空に放つ

「あなた」が星ではないことを
「あなた」が空にいるわけではないことを
「私」は知っている

知っていて空に放つ

言葉を受けとめるべき対象は存在せず
その対象を幻想として思い描くこともできず
持ったことがないものだから
喪うことすらできなかったその対象を
「あなた」と名付けることによって強引に存在させ
しかもなお「あなた」の非在を強烈に自覚しつつ
「私」はつぶやく

「私」は「あなた」が好きだと

このカギカッコを取り去ることは不可能に近い
あなたはそれを知っているだろう
(あなたが誰であれ)
あなたは「あなた」ではなく
筆者は「私」ではないのだ


自由詩 「私」のノンレトリック Copyright 佐々宝砂 2003-11-05 11:39:50
notebook Home 戻る