『うたごえ』
あおい満月

プラットホームの蛍光灯を
なぞりながら
おりてくる
ぬくもりをもった
夜の闇。
夜の市ヶ谷駅の
下には釣り堀があって
人々はうなだれながら
みたこともない
翼の生えた蛇を探している
翼のはえた蛇は
この水底のぬしで
今も深い水の底で
赤い爪の女を待っている
女は唇を切り裂いて
その血で爪を染めた
髪の黒く長い女。



のびきれない
前髪が邪魔だ。
夜のコンビニの
壁に凭れて
メンチカツとカフェオレを貪りながら
脂と糖分で腫らした
胸を抱えて
代々木駅のホームから
下り総武線に乗り込むと
数十秒で市ヶ谷駅の
あの釣り堀が見える
女がひとり立っている
顔は見えない
ただ、爪だけが
燃えているかのように
光っている

**

今まで
きいたことない
美しいうたごえ
にみちびかれて
朝、目をさました。
声のする方へ
太陽の光さす
水面へと昇っていく
風に凪ぐ髪が見える
夜は黒いのに
朝は透き通る湖色をしている
赤い爪は生まれたての
桃色になっていて
手をふっている。

(迎えにきてくれた)

彼はそう思って
水面からからだをだし岸に上る
おんなの爪に
舌が触れた瞬間
蛇は、
黒い月の色を持つ
瞳の男になる。


自由詩 『うたごえ』 Copyright あおい満月 2014-08-06 21:32:28
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