花火の夜
AB(なかほど)

大田(桜公園)


油まみれの 谷やんは
朝からネジ切り 夕までネジ切り
グリス塗り塗り ハンドルと
ダイヤルゲージ 光る眼差し

油まみれの 谷やんの
屋根に煙突 雲に飛行機
お稲荷さんも 耳たたむ 
旅客機の腹 鰯のお腹

 ちょいとそこまで 行く先は
 桜公園 ホルモン屋
 

擦り傷だらけの 谷やんの
分厚い両手が 切るネジは  
ミクロの世界で 刻まれて
マクロの世界へ 飛んでゆく

擦り傷だらけの 谷やんの
分厚い両手が 切ったネジ  
月の彼方の その彼方
そろそろ土星に 届く頃

 ちょいとそこまで 行く先は
 桜公園 ホルモン屋
 
(谷やん 
 最近嫌なニュースばっかり
          だけど)


小皺だらけの 谷やんも
土曜の夜には にやけだし
日曜日には 競馬場
自転車こいで 競馬場

当たった顔の 谷やんを
誰も見たこと ないけれど
負けても笑う 谷やんの
その顔を見たくて ホルモン屋

 ちょいとそこまで 行く先は
 桜公園 ホルモン屋






品川(Shimi)


あの日のことを言い出すと
きっと君は泣いてしまうのだろう
と思っていたのに
パーティーで久しぶりに見た君の顔はもう
もう
とっくにお母さんの顔で
ふと見えたその横顔の一点
の中に
初めての東京の夏が吸い込まれてゆく
それからいくつかの
夕焼けと夜の
運河沿い
ちゃぽん ちゃぱん
とコンクリートに
初夏の波
君は手すりにもたれながら
僕が乗り込んだ
モノレールの車輪を
目で追いかけていた
その行く先には
今の僕の帰る場所
があって
そこには
抱きしめるものができました
それが君ではないことが
たぶん僕にとっても
もちろん君にとっても
幸せなのでしょう
君の抱きしめるもの達が
それがいつのまにか
君の全てを包みこむ
そのとき
その心の中から
僕の全てのことは消えて無くなってしまえ
とつぶやきながら
帰り道の
ショーウィンドーの中の僕が
泣いている



Tokyo Tokyo

しばらくは
君の横顔のせいで
来れなくなっちゃた



Tokyo Tokyo
Bye Bye Tokyo

もう帰るよ
     って


Tokyo Tokyo
Bye Bye Bye






港(屋上)


赤坂や六本木のある街だと思い込んで
温かい田舎から
運河の走る場所に出て来たのは
いつの事
     だったっけ


見える景色はいつも同じ

ときおりジェットの音が
すぐそこ

すぐそこにいろんな街が見えるはずなのに
ここは
一体ここはどこなんだろう
僕はどこまで来たのだろうか


流通団地の倉庫の屋上から
東京湾花火が見え、
耳を澄ませば

遠くの
 野球場の歓声
  野外音楽場のベース

遠くの
 遠くの
  僕の声

遠くの
 遠くの
  遠くの
   君の声

    君の声


僕は腕を広げ
抱き締めるように
蹲り

僕の港は
ここなんだ

と言い聞かせた






文京(お稲荷さん)


いつの日かの憧れであった
本郷で道に迷った

しめしめと にたり顔で
坂道
のぼるとお稲荷さん

帰りたい

帰れない

僕の場所でない場所に
帰りたい

もう帰れない


気がつくと
宿にたどりついてしまった
月の夜

故意に忘れ物をしていこう
と決めた夜

月の夜


帰る






江戸川(花火の夜)


猫が逃げました
ボヤが出ました
便所は汚すな

親切な貼り紙のアパートの
隣の部屋の人の顔 
まだ見たことありません

のような午後の世界に

河川敷の花火
の音が聞こえる
暮れない夜に


君が百本の小説を乗り越え眠るころ
僕は一握の詩の前で童貞のままで
国際色の喧騒にしがみつきながらも
同じ月の夢に 

ニャー
   と哭く



  






自由詩 花火の夜 Copyright AB(なかほど) 2014-08-01 17:47:55
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