幸福不信
葉leaf
駅に向かう坂の途中に咲いている朝顔に人形の首がぶらさがっている。天気は訪れる時期を間違え続け、今日も橙に人々の肉を染め上げている。鉛なのか鋼なのか定かではないが、いつでも重い金属が鼻孔の奥に挟まっていて、さらには脳梁に向かって硬い花弁を差し向ける。私は異形の者。人々は私を普通に扱ってくれてはいるが、醜く気持ちの悪い私を憐れんで優しくしてくれているだけ。私は人間を超える以外に道はなかったので化け物扱いが布袋のように心地よい。人々が波のように会社に向かっていく中、落とされていく海の破片が道路に散らばっている。山は太古の昔に存在し、現在は絶滅したあとの伝承を華々しく語り継がせている。もはや踏破すべき高みなど経済の川を傾斜させる技術くらいだ。社会的地位と充実した毎日とやりがいのある仕事は、原石として存在していても削られるすべを知らないので輝くことはない。組織との適合と同僚との協調と上司との親和は水道をひねれば出てくるだけで、アルコールの香りと薬理を担うことは決してない。幸福は存在の条件を示すことすら阻まれている。私は不幸であるためなら手段を選ばない。そんな声が次々と声を呼び、次第に何もかも枯葉の寄せ集めとなる。迷ったとき都市の構造が厳然とした謎に思えるように、私は幸福の見慣れぬ街路に迷って、代わりに慣れ親しんだ故郷のどぶ川を眺めることで平らかな息になる。どうせ上司たちは私をいつ辞めさせるか相談をしているに違いない。雨のしずくが霧のようになり、さらには体をじかに透過していく高速の分子になる。私はとんでもなく仕事ができないのだけれど、周りがそれをフォローして何事もなかったことにしてくれているにすぎないのだ。段々会社の建物が時間のへその緒のように不吉に見えてくる。私は月のように永遠に落下していたい。落ちる所などない無限の落下を続けていつまでも切り刻まれ耐え難い苦痛を味わい血の塊として血をまき散らしていたい。不幸は私の母であり、私は不幸の胎内で眠り続け、あるいは不幸の乳房から乳を吸い続けていたいのであった。それがコウフクなのであった。