わたしと猫と豆の樹①
まきしむ
『わたしと猫とばあさん』
1
車と同じスピードで車道を走っていました。そうしないと死ぬのです。走りながらひまわりを植えることも忘れない、
猫だけが相棒です。腰に紐を巻きつけそれを彼の首輪に繋げてます。彼は時々ぼやきますが基本的には良き相棒であり親友です。
今目の前に黒塗りの車が横づけしました。私の行く手を遮りたいようです。許せませんでした。これは私の唯一の仕事なのです。
「おい。でてこい」「にゃー」
中から出てきたのはおばあちゃんでした。おずおずとこちらに寄ってきます。多分、耳が遠くて聞こえないのです。
「ばあちゃん。悪いけどどいてくれ。俺、走ってないと死ぬから」
「なら、死ねばいい」
目を見た時に悟りました。格が違う、と。 ばあちゃんは私より何倍もの長い人生を送っており、その分だけ器量もまたでかいのでした。私は負けを悟りました。膝まづきたいくらいでした。
「負けたよ、乗せてくれ」
ばあちゃんは何も言わずドアをあけてくれました。その所作は観音のようにしなやかでした。
2
わたしと猫を乗せると、ばあちゃんはゆっくりと車を発進させました。
「名前はなんていうんだい」
「切咲守」
「まもる。つうてーと、ばあちゃん男かい」
ばあちゃんは何も答えませんでした。なんとなくそれ以上深入りしてはいけない気配があったので、わたしは自分の脇の匂いを嗅いだりして間をうめました。ばあちゃんのかんざしが光っていました。
3
車は海の前で止まりました。
空はあくまで澄みわたり、風が潮の香りを運んできます。停泊した漁船の上では赤く日焼けした漁師がもくもくと網をたばねていました。
「こんなとこでどうするつもりだい」
「にゃー」
ばあちゃんは何も言わず階段をおり、砂浜をどんどん進んでいきます。物凄いスピードでした。わたしなどもいっぱしのランナー気取りでしたが、次元が違います。
「行こう」「にゃー」
ばあちゃんは、じっと海の向こうを眺めていました。わたしたちが追いつくと、後ろをふりむき、若い女のような声でいいました。
「植えろ」
「植える?何をだい」
「これ。トマトの木」
言いながら差し出されたばあちゃんの手は、白くつややかで、もはやばあちゃんのそれではありません。驚いて顔を見てみると、映画で見る舞子さんのように美しい顔をしていました。ばあちゃんはもうばあちゃんではありませんでした。かといって気楽に話しかけられるような軽薄な雰囲気もありません。
猫がばあちゃんにすりより、着物に顔をすりつけています。撫でてもらいたがってるようでした。
「これ。植えるんだよ」
わたしは迷わず植えはじめました。袖をまくり砂をかきわけ、十分な深さになるまで掘り続けました。
「これも一緒に」
深い緑の玉が二つ、ばあちゃんの手で転がっていました。それを受け取りトマトの木の脇に慎重に置き、砂をかぶせ、枝がわかれ小さな葉がついてるところをむき出しにさせました。
「これでいいかい」
満足し額の汗を拭いながら尋ねると、ばあちゃんは仔細に観察し、ちょっと木の周りを歩きまわったりしました。
「良い。」