火と水
山人

火が燃えている、火はささやかに舞い、わずかな黒煙を伴い燃えている。
すでに燃え尽きようとしているその男は、小さなともしびに油を注ぐ。
日が燦々と差す部屋の片隅の小さな戸棚を開けると、油の瓶が並んでいる。
乾いた土毛色の喉に、ためらうこともなく、思考もせず、ただただ油を注ぐ。
火の食指が動き、油に引き寄せられ、火は鼓動を強め、赤く血流を促し、血は滾りその命はとめどなく火と共に乱れながら狂乱の宴を開始する。はらわたから油が噴出し、乾いた口は言語で濡れ、ぬらぬらと言語は男を包み込みその濁音と怒声が新たなる炎を引き寄せ舞い狂う。


かつて静かに水は流れ、健やかに時を育んだ。やすらかな闇と風の仄かな舞いが億年の岸壁の側面をなで、星屑はその間隙を埋めるようにかがやきだし、世界を包んだ。
世界はいま閉塞し、広がりをなくし、薄味の日毎を繰り返し、ただ時間とともに発泡している。根拠の裏側すらもなく、炎のように走る光線のような人々だけのために世界は存在し、吐き捨てられた生き物の発話さえも置き去りにされている。
年月の井戸の中に今、水は滞り、ときおり瞼を開け流れ出ようとする。
 遠い水のささやき、貝殻の遠方から奏でられる響き、いつか水は意志を持ち頬をなでるのだろうか。


自由詩 火と水 Copyright 山人 2014-06-12 04:48:49
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