樹晶夜 【横書Ver.】*改訂版
ハァモニィベル
足跡を捨てながら
帰り途を急ぐ
その歩数と
掛け算するように
夜の密度が
濃くなっていく
粘度を増して
重く絡みつきはじめた
暗闇の
後ろ姿しか
見えない
姿の無い
透き通った戦慄が
肌を
摺り抜ける
その度に、
殺意のような汗が、
背中で
微笑む
憂鬱を
笑うような速度で
這うように
微笑む
*
やがて、
樹状に
どこまでも
分岐しながら・・・
もう
帰れない、と
知った
何時(なんじ)でもない世界に
デジタル時計のような高層ビルが
起立する
一瞬の
この場所で
ウリエルの忠告を聴かず
偽りが揺れる波間で
肉欲に押し潰されながら
肌に喰い込んでいく
「幸福」の声が
繰るように
広げられ、返される
その、
主と悪魔の戯れのような
樹状に拡がる世界の
闇の中の不安なやすらぎ
*
突然、知らない音楽が流れ出す
真夜中に
腹を抱えて笑い
転げ
落ちた
濃いコーヒー
音量は破裂し
手がかりはビチョビチョ
黒い液体の一つの流れが
まるで獲物を狙うように床を這っていく
憂鬱を笑うような速度で・・・
樹状に
どこまでも
分岐しながら・・・
明日もまた配達される
《廻っている世界に溶け込む痛み》
マンデヴィルの蜂に
刺されたような・・・
樹状の痛み
が、
シミュラクルに
拡がってゆく・・・
主と悪魔の戯れのような
樹状に拡がる世界の
どこか一つの枝に
不眠症のカナリヤはひとり
寂しく、樹上の詩を
謌いつづける
朝が眠る部屋の中で