カード
アンドリュウ

植え込みの中から突き出た足
薄汚れたジーンズと穴のあいたスニーカー
ホームレスが倒れてる
覗きこむとひげだらけの男が生きているのか死んでいるのか
眠ったように目を閉じている
額のあたりを蟻が這っている

大丈夫ですか!大丈夫ですか!
男は薄目を開けて洋子の方を見た
「水…  水をくださ…い」
「わかった ちょっと待っててね おじさん」
洋子は駅に向かって駆けだした
駅の横の自販機でコインを入れたとき
ベルが鳴って洋子の乗る電車が入ってきた
(やばい また遅刻)一瞬部長の顔が頭に浮かんだ
ペットボトルを手に持ったまま改札を抜け
ホームへ続く階段を駆け上がった
降りてきた客とぶつかりペットボトルが床に転がった
あの男の顔を思い出した
(約束は約束だよね)
洋子はいまきた道を引き返した

男は先程と同じ態勢でいた
はいおじさん水買ってきたよ
「あ〜あ〜…」
男は手を伸ばし呻いた
「大丈夫かな〜さあおじさん摑まって」
洋子は男を抱き起した あまりの臭さに顔をそむけ少し咳こんだ
ペットボトルの栓を開け男の口元にそっと触れさせる
ゴクゴクゴク…
「ふーっ 生き返った」
おもむろに男は洋子の方を向いた
先程とは別人のしっかりした表情だ

「合格です!」

そう言って一枚のカードを差し出した
「え? これってドッキリかなんかなの?」
男はにっこり笑ってカードを洋子に手渡すと
起き上がりスタスタと歩いて森の中に消えていった

洋子は手のなかのカードをじっと見る
薄いピンク色のカードは軽いが丈夫な金属で出来ている
悪い冗談とも思えないのは
いい人認定証と読める文字の下に
坂下 洋子と名前が記され
しかも裏には 本人のみ有効と記されてある
捨てる訳にもいかず 何となくそのままにしていた

その日を境に洋子の生活は目に見えて好転しだした 
それがカードのせいだとは気が付かないままに
仕事上でも私生活でも次々といい事が起こった
それは自分の出した企画が認められたり
ただひとり資格試験に受かったり

私生活では懸賞に当たったり 恋人とも無事結婚する事が出来た
三年くらい経ったある日 カードの事を思い出して財布の中から引っ張り出してみた
驚いた事にカードの裏に
使用期限が迫っています 次のいい人にカードを手渡しましょう
という文字が浮き出ていた
「えーっうそ〜 次のいい人ってどうやって探すのよ」
根がいい人の洋子は疑いもせずに言われたとおりに次のいい人を探し始めた

けれどもこのせちがらい昨今 いい人がなかなかいいない
探せば探すほどいないのだ
彼女は本当に困ってしまった
延々と受け継がれてきたいい人の系譜を自分で終わらせていいわけがない
それに心配な事もある カードの左隅に最近になって浮き出たヘルプの文字を小指でなぞると
受け渡しの方法が出てきた
次のいい人を見つけると自然とその人の名前がカードに浮き出てカードはピンクに輝くと書いてある
今はもうすっかり色あせて茶色に近くなったカード
公園のベンチで途方に暮れていた
そろそろ吹き始めた木枯らしが枝に残った桜や椚の木の枝を震わせ
このカードと同じ色の葉を吹き飛ばしてゆく
そろそろ日暮れも近い 早く帰らないと夫が心配するわね
もしも期限内にカードの引き渡し人が現れない時は次々と不幸があなたを襲う
この但し書きが心に棘のように刺さっている

「もしもしお嬢さんもう日が暮れますよ 何か心配ごとでも…」
不意に声をかけられて見上げるとスーツに身を包んだ中年の男が一人微笑んで立っていた
「ええ…」洋子はその場を取り繕いながら そっと手のなかのカードを見た
(だめだ〜名前が浮き出ていない〜)
「心配事があるのなら 相談に乗りますよ」
そういうと男は強引に洋子の横に座った
「な なにを…するんです」
「大人しく言われたとおりにしろ!このナイフが見えないのか えっ!」
「そ…そんな…」
「ゆっくりと財布を渡すんだ 叫ぶとズブリ!だぞ いいか」

洋子は震える手でバッグから財布を取り出し男に差し出した
その時手に持っていたカードが落ちた
「なんだこれは!いつの間に財布から抜き取ったのか!このあま!味なまねしあがって全く油断も隙もありゃしない」男はカードを拾い上げた 
「なんだこれは今急にピンクに変わったぞ」
そのカードが鮮やかなピンクに変色しているのが洋子の目にも止まった
「なんだなんだこのピンクは ゴールドじゃなくってピンクカードかよ 名前が浮き出てきた…なになに鈴木次郎 なんだ人のカードじゃないか おまえの旦那なのか?えっ!暗証番号は?」

夕闇のなか二人の横の茂みに少年の影があった
少年は躊躇していた 偶然耳にして事のいきさつは全て分かっている
なんとか助けたいのに勇気が足りないのだ 
でも彼(鈴木次郎)は震える心で決心し そばの木切れを拾い上げた…


散文(批評随筆小説等)  カード Copyright アンドリュウ 2014-06-03 18:02:33
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