ふうせんかずら
Lucy

今年友達になった人が
フウセン蔓の種をくれた
うちの庭に咲いたの
私が種を採ったのだから
春になったら撒いてねと言った

フウセン蔓の花というものを
私は見たことが無い
二十年も前に
再会した友が
やっぱり私にくれたのだ
うちの庭に咲いたの
私が種を採ったのだから
春になったら忘れずに撒いてね

だけど私は忘れてしまった
友は
それから何度も手紙をくれたのに
母の看病をしている事
その母が亡くなった事
そうして続いて
お父さんが亡くなった時にも
小さな文字で
びっしりと近況が書かれたはがきを
私は何枚受け取ったのかも
おぼえていない
親身に
返事を書いて彼女に送ったかどうかさえ
覚えていない
彼女ほど不幸でも苦しくもなかったのに
自分のことで忙しかった
引っ越しの時
机の引き出しから
干からびた種の入った紙の袋が出てきて
「ふうせんかずらのたね」と
ひらがなで書いてあった

フウセン蔓の種を
今年くれた新しい友は
大切な家族を亡くしたばかり

不幸な赤の他人の記憶を
撒けるだろうか
今度こそ
その種は芽を出し
その芽は花をつけるというのか

蔓は伸びて
私の肺に巻き付き
それから脳に巻きついて
ゆっくりと海馬を締め上げ
記憶を薄れさせるだろう

冷血な潜在意識に沿うて
どこまでも伸びていく
耳を抜け
口から這い出し
石の壁を伝い
鉄のフェンスを登り
窓をふさいでも
フウセン蔓の花は
私の庭に咲くことはない



自由詩 ふうせんかずら Copyright Lucy 2014-06-01 23:44:34
notebook Home 戻る