14 の ソネット♪
ハァモニィベル

   1

 灰色のソネット

燃え尽き、まっ白な灰に
なり、風に散った、
夢がまだ、今も瞼の裏で、
燃えている。

焼けた誰かの夢を、
今日も世界が、
ふぅふぅ吹いて、
食べる音がする。

沈黙の中を落ちていく、雪のような
悲しみは、深い穴の中で、
凍りつき、垂れ下がり、氷柱となる。

まるで昨日のような今日を、
明日も誰かが、フゥフゥ言って、
生きる声がする。



   2

 春のかなしみ

冬の雪よりも深い、春のかなしみを
憂えるあまり、咆哮も、彷徨もせずに、
ただ、しずかに揺り椅子に眠っていたのに、
彼女はとつぜん、

頁をめくるように、
眠りから解かれた。
カーテンの向こうを
通りすぎてゆく朝、

陽だまりを
憎むほどの
午後、

タマネギを
見つめてしまうほどの夜
しか、ないというのに。



   3

 ♪季節のしりとり

春に置き去りにされた心を、
夏が迎えに来るなんて残酷すぎる。
勝手に、秋になるくせに。
冬だけがやさしい。

冬は冬眠して乗り切り――
――春はリラックスして春眠――
……‥・・・・夏は氷枕で仮眠をし・・・・
―――秋は惰眠を貪る――――――

秋は、枯れ葉。冬は、降る雪。春は、満開の桜。
そして、夏は・・・〈あの球体〉。
秋・冬・春・夏|色は移ろう|金茶・白銀・薄紅・…そして…、
切れば、〈黒点のある赤〉。

〈夏〉。でも、今世紀に入ってから、
あまり楽しみじゃない夏。




   4

 【滲む記憶】

滑べり堕ち、砕け散った破片の
あまりにも激しい叫びが
その一瞬の、すべてを
切り裂く。

慌てながら抱きしめた手を
深く、鋭く、切り裂いた、
あの日の、
傷口から

一筋の想いが
滴り、
始める。

熱く滲み出し、谺する痛みが、
止めどない、心臓の記憶とともに、
ジンジンと、悴んだこの手に、はっきりと濃く蘇る。





   5

  薔薇の想い出

未来が、予期もせずに、ある日、突然、記憶の中で蘇ると、
樽の中の血を舐めた貧血の薔薇は、力を失い、逆さまに垂れた。
かつて、アレ程冷酷に、鉄の味を教えた、あの鋭くて敏感な棘が、
その、か弱くも強かな薔薇のポトポト垂らす、、

優雅な悲鳴にも似た、
溜り墜ちる、、血のインクを使い、
寂しすぎる想い出を、一つ、また一つ、と、
白い意識の上に、黒々と記しはじめる。

いつも闇夜に怯えたアノ匂いも、・・・今や、モノクロームとなった、
乳の香りがする懐かしい思い出達も、・・・。
ドキドキしたあの人の躰の、・・・

内側を流れるモノクロームもまた、同じように甘く、ズキズキと苦い味が、
別の物語を紡ぎ流れているのだろう。今此処にあるのは、鉄の味を知る過去が、
饒舌きわまる、あの口を開くのを、そっと塞いで包むこの黒い瘡蓋の優しさだけ。






   6

  罪の楽園

もっと喘いで 優しくするほど狂うきみ
もっともっと喘いで 狂うほど優しくしたいきみ
瞳を見つめ合いながら、
理性の鞘をそっと外し

食器棚の下に落ちている 理性の鞘が
どうしても取れないのと
泣きながら 本能のナイフで
妖しく林檎を剥いたきみ

白い林檎の肌に口唇を這わせれば
苦悶の果汁が溢れて滲む 後ろから優しく
灼熱したぼくのすべてを君だけに捧げる
突き上げ滾りたつマグマに愛は溶解し、

仰向けに倒れた君を、狂喜した羽撃きが襲って
遥かな世界へと連れ去ってゆく





   7

  韻で踏みつけるソネット

さっき買った魚が、
さっき半額になったことに、
殺気立って憤る奥さんは、
さっき買ってきた物たちが、

さっきからどうにも入らない、
殺菌せよと神が言う、
冷蔵庫の奥がミステリー。
冷静に、冷静に、考えるのだが、

冷酷に、冷酷に、答えてくるのが、
例年、例年、縮んでく、
例により抜けない指輪のミステリー。

礼服を着たオジサンはみんな酔っぱらいだ。
それでも、知的生命体である。
それでも、みんな、知的生命体である。





   8

 【滅亡へのソネット】

腐り果てた空に、虹が突き刺さって風化したまま、
あらゆる感覚が停止した世界の壁に、ベンガラで擦られた、
巨大な死者の伝言が、僅かに一行、掠れもせず遺されていた。
――「背中に刻まれた言霊、犯人は言霊」と。
   *
真っ赤な人生をジワジワと吐出しては、
箱詰めにする〈ファクトリー〉。マコトしやかな無知の
言霊を食い込ませ、迫り来る幻想の激痛を胸に浴びたもの達が、
他者の焦燥を背負って戦い、自己の憂鬱を勝ち取るべく出荷され続ける。
   *
昨日見たあの明日は、今日もまた明日だった。
いったい、明日はやって来るのか。
また、今日も、昨日の明日が、
こうして石碑に刻み込まれ、埋葬されてゆくのだ。
   *
限りなく明日が、手の届かない、己が背骨の石碑に、貝殻骨に、
甲骨文字の墓碑銘を苦く無惨に刻んで――。






   9

 【わが明日へのソネット 】

昨日のしくみを知らないうちに
すでに今日が問いかける
夕焼の潤むような眼差しの熱さが、
圧倒するようなささやかな爪で、

巨大なオレンヂのなかに私を捕らえ、拘束し、開放した
いつなのかもわからない
夜の、暗闇の奥の奥の、奥に、
命の眼だけが爛爛と燿り、

どこかで、脈が、しずかな猛獣のように
打っている。風下から、夜の筋肉が
全力で、私を押さえつけても。

まるで、歪んだ古い皿の、底のほうに、描れた
青い象の如くに、〈歩もうとして歩めない明日〉の、
すべてが、微睡みの影でも。






   10

 【霧の中で眠る羅針】

ドラマは想像力で成り立っており、想像力で演じられるドラマが、
日々、山脈のように連なり、昼夜、〈者と者〉、あるいは
〈者と物〉との谷間をせっせと渡っている。その
たよりないゴンドラの往復を、多彩なまでに互いの想像が動かし続ける。

断片的な情報の風が吹き荒ぶ崖を、煽られつつ、
ときに流されたりしながら、想像力というハーケンとザイルを頼りに、
世界も人も想像で分かり合ってる。それは、
解説も手引もないまま参加してる、この世界というゲームの本質。

われわれは、何の根拠もない存在なのだが、理由も目的も無い、ぼやけた
霧の中で、論理という絵空事だけが正義を振りかざし根拠を問うことがある。
問い糾せば何の根拠もないこの世の中に向かって。

人生に目的などはない。その耐え難い不安の、心の穴の上から政治が微笑みかけ、
それに想像力で笑顔を返しながら、今日も、
生命維持装置に繋がれた、たった一つの内面世界の寝顔を、花を持って見舞う。






   11

 [ 愚者ノ眼のソネット]

開放もしないくせに、閉じ込めもせず、
何が望みなのだ、世界よ
どうしろと言うのだ、世界よ
燃え上がり、高く、高く登れば、
汗すらも雲の如く氷つくのだろう、

凍えながら泪とともに地上に堕ちてゆく、
このザマさえ、笑いもせず、
ただ、じっと、遠くで見ている世界よ。
余りにも冷酷な支配者よ。

遥か遠く宇宙までも、極めて微細な細胞内までも、
見とおせる眼鏡をかけながら、
わたしが、見えないのか愚か者よ

わたしはいつだって、仕打だけを記憶したお前を、
ただ包むように愛してきた、お前の奴隷なのだ。愚か者よ。
わたしは、いつだってお前の眼という解釈の奴隷ではないか。







   12

  [ 一つのソネット]

白い雲が動いていた。窓に区切られた空は小さかった。
部屋の真中に寝転んだまま、ただ、ぼーっと、
そんな空を、眺めていた・・・或る日曜の朝。

たった今書き始めた小説の感想が、どいうわけだか、未来から届いた。
とても面白いのだ、と言う。・・・そして、それは、
剥製になった彼女を見ては泣いている男の話だという。
全然見に覚えのない、まったく考えてもいない内容だった。

そこへ、背筋の伸びた女が入って来るなり、突然、「原稿はできましたか」、と
一方的に捲し立てるので、頭をなんとか整理して、そんな約束はありません、と、
ようやく言おうとしたところに、いつの間に上がりこんだのか、爪の長い女が、
当然のように部屋にいて、漲る自信で「まだです」、と答えた。

すると、これもあるはずのない丘の向こうの、海の上から、船の汽笛が鳴り響き、
リズミカルな何かの行進楽団が何故か段々段々とこっちへ向かって、Don〃近づいて来る。







   13

  【理不尽な依頼】

《さっそく用件に移ってくれ》「驚かんで聞いてほしい、じつは、君に、儂を守ってもらいたいのだ」
《殺し屋の俺に?命を守れというのか》「これから、この屋敷に、儂が招待した8人の男女が
やってくる、その中に儂を狙っている者がいる。だが、それが誰なのか皆目わからない。そこで・・・」
《俺の出番というわけだな》「君に、その犯人を突き止めて、射殺してもらいたいのだ。期限は5日。
こんな面倒な依頼を引き受けてもらえるとは思っておらん。だが、出来るのは君しかいない。頼む。」
 屋敷には、様々な男女が集まり始めた。医者、弁護士、政治家の各夫妻。女優、独身の大学教授、
依頼者が勝手に俺を詩人だと紹介したので、「どんな詩をお書きですの?」という面倒な質問と、
表面的で鼻持ちならないありがちな話題さえ脇へ除ければ、豪華なディナーの食卓は、素晴らしかった。
 一同に混じりながら、それとなく、集まった面々を観察したが、ハッキリしたのは、全員が疑わしいという
ことだけだった。依頼人が体調が悪いと部屋に退いた、3日後の夕食のとき、とうとう事件は起きた。突然、
広大な屋敷は停電し、驚く間もなく夕食のグラスに混入された睡眠薬で皆、昏睡する。俺は、グラスに
口をつけて止め、暗闇でものを見る手立ても心得ていた。気づかれぬように、夜光塗料を全員の背中の急所
の位置に擦ってもおいたのだ。俺は、その塗料が素早く部屋を出るのを追った。廊下でその塗料を狙って撃つ。
犯人を確認した依頼人が突然、「よくも、息子を」と言って銃を向けてくる。こんな理不尽にも俺は慣れていた。







   14

   【笑顔】

モノクロの映画が、僕の方を、じっと観ていた。
僕の黒い瞳は、、薔薇色の少女の口元だけを観ていた。
こんなにも、楽しそうに、君は笑ってくれてたんだ。まだ、君の、
弾けるような笑顔がそこにあった。

無色な透明となった僕は、その笑顔が今あることに、撃たれた。
この映画館を出ると、僕等を襲う悲劇を、
まだ知らずに、笑い、泣き、そしてまた笑う、君の、
だたそれだけの、このワンシーンを、永遠に、僕は、

この瞳に焼き付けておきたい。
映画のラストシーンが近づく。僕の肩に寄り添った君を
離れた席から観ている、十年後の僕。たった、一度だけ許された、

このタイムスリップで、僕が選んだのは、ここだった。
君と初めてデートした一日。それは、この映画館を出た15分後に
君を失ったこの、・・・あの、一日。






自由詩 14 の ソネット♪ Copyright ハァモニィベル 2014-05-12 18:20:45
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