イナエ

初めて名刺を作ったころ
職場には峰が幾つもあって
明るい未来が透けていた

登りはじめて気付いたことだが
山道は九十九(つづら)折り
いくつかのコーナーには
清水がキラキラ輝いて
口をすすぎ 顔を冷やして
気力を盛り上げるのだ

いくつかの瘤を過ぎて
息が切れ 視界がゆれるころ
路傍の茂った草むらに
行き倒れた人の姿
苔むした野仏が
無表情に眺めていた

同情する余裕はなかった
立ち止まれば汗が吹き出し
体温が一気にさがって
明るい空に砂が舞う

風に殴られる馬の背も
足を乱すガラ場も沢も
気力だけが頼りだった

気力が体力を見限る峠に着いて
此処が山の小さな峰だとしても
先は私の下り

ここから眺めるいくつかのルート
広い道路が山の中腹に巻き付いて
山頂近くまで車で登られるのに
若者は今日も未開のルートを
自分の足で一足一足
登っている


自由詩Copyright イナエ 2014-05-12 10:53:16
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