満足
はるな
退院の日は花冷えがした。うちにかえってきたら隣家の夫婦がやってきて、それから、いとしい宝籤は(宝籤は母と父が飼っている黒い犬だ)、尻尾を―先端だけがほんのわずかに白い尻尾―ちぎれそうに振って鳴いてくれた。花ちゃんはすうと眠ったまま起きなくて、庭の、れんぎょうの花の散る黄色。
病院では、大部屋だった。寝ているようにと言われて、同室のひと同士がしゃべる声や、いろいろな見舞客の―ほとんどが患者の夫か、母親―訪れる声をきいてひまをつぶした。花ちゃんに会うための授乳室(または新生児室)のとなりには未熟児室があって、そちらはいつもカーテンがひいてあってうす暗く、わたしはそこへ入ってはいけないのだった(未熟児の親ではないので)。花ちゃんは新生児室でいちばん大きくて、とくに頭が、ほかのひとの二倍もあるように見えた。赤ん坊たちは透明のプラスチックでできた清潔なベッドをひとりひとつずつ与えられて、眠ったり、起きたり、泣いたりしていた。
授乳室のソファにすわって、花ちゃんのおでこのあたりからしていた血なまぐさい匂いがだんだんと消えていくのを、さびしい気持で味わいながら、わたしは満足していました。
散文(批評随筆小説等)
満足
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はるな
2014-04-23 14:31:44