漂白
ソリッド町子

隣のおばさんたちがコーヒーを飲みながら
仕事の愚痴を言っている
私はそれを聞きながら携帯電話でゲームをしている
隣のお姉さんはじっと下ばかり見つめていた
私はそれを見ながらじっと煙草を吸っている
みんながそれぞれの毎日を生きている

隣のおばさんたちのなかには
日本語のイントネーションに特徴のあるフィリピンの女の人がいた
苦労してるのかしら、と思う
みんながそれぞれの場所で毎日を生きている

おばさんたちによれば
ホテルは世界で一番汚いところで
文具がなくなったのは私のせいじゃなくて
仕事をするなら笑顔で楽しくやりたくて

そのうちの一人の指には結婚指輪が光る
みんなそれぞれの毎日を生きている

  私はそういうとき一人で
  死んだ祖母の骨を思い出す
  祖母が死んで、その身体がすべて燃えて
  むき出しになった骨は乾いて白かった
  私はそれをとても美しいと思ったし
  とても切ない気持ちになった
  とても切ない気持ちになった
  遠くへ行くさざ波を追いかけていくような
  海辺に打ち上げられた白い貝殻のような骨

隣のお姉さんは席を立ち
お姉さんの後に座ったサラリーマンは窮屈なネクタイを外し
レジの女の子は会計を間違えていた
そうして今日の日は終わる
人々の窓にはカーテンが引かれて、
それぞれがそれぞれの眠りにつく
そうしてまた明日はくる
きっと明日はくる

  みんながみんなの毎日を生きながら
  あなたはあなたの毎日を生きる
  私はそれを眺めながら
  私は私の毎日を生き、
  その一日の終わりには
  私の海辺に毎日白い骨が流れ着く
  長い旅路のはてに
  今にも崩れ落ちそうな灌木のように
  誰も目にすることのないどこかの涙のように

  私の眠る枕辺に
  今日死んでいった誰かの白い骨は
  毎晩流れ着く


自由詩 漂白 Copyright ソリッド町子 2014-04-10 21:49:14
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