「詩集」
ハァモニィベル

彼女は毎日散歩することにしていた。
おもいがけなく、風の強く吹いたその日、坂道を登り切ったところで
風に語りかけられた樹のように
彼女はざわめいた
そこで傷ついて死んだ小鳥の姿を
見られてしまったからという理由以上に

なにか落としましたよ。
これです。小さな詩集です。
貴女の詩集ですよ。

え、?
何ですか、それ?
どうして、見えるの? どうして、在るの?
『わたしの書いた詩集』・・・、が・・・。

すみません、誰にも見せない詩集でしたね
そっと大切にしまっておいて
そっと密かに見かえすような
皆んな 誰もが持っている。だけど、あなただけが持っている

どうして?どうして・・・?
見えるのですか。
一体、貴方は何者ですか?

見えるのです。
夜、見つめている月のように
降り立つこともできず、近づくこともできぬまま、
ただ遠ざかるだけの月が、それでも貴女を見ているように
私には見えるのです。
貴女を、
いまは包みこんだまま、
見ているのです そして
こうして、
詩集を返しに来たのです。

でも、
せっかくですけど、わたし、
もう詩を書いてないのです。
あの日から・・・。

一年前の、
そう、この日。
貴女がここを通った日、
わたしは見ていたのです。
ここで、
これを、この、『詩集』を、貴女が落として征かれたのを。
だからまた、貴女に逢いにやって来た
こうやって今、貴女の詩集を届けるために。

私の詩が見える貴方。
不思議な方。
いったい、
どなた?

わたしに貴女の詩が見える理由(わけ)
それは、
わたし自身が・・・、
わたしの全身が、・・・、
《詩》だからです。

・・・・・。

男は名を残して去った。
男の名は―― 春。






自由詩 「詩集」 Copyright ハァモニィベル 2014-04-10 00:31:42
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