もやし炒め
たま

わたい、もやしはきらいや。

病室のベッドのうえで
母がぽつりと言う

六十年も付き合ってきて
母の好き嫌いをひとつも知らなかった
そんな息子だ

お父ちゃんがな、腹切ったときに出てきたんや。
前の晩にな、
もやし炒め食べたんや。

もやし炒めが好きだったという
父の最期の晩餐はもやし炒めだったのか
わたしも好んで食べるから
やはり父の子か

ひとり暮らしの団地をようやく脱出して
ホームに入所したというのに
ひと月もたたず左足を骨折して入院した
姉たちと交代で食事の世話をする
お昼にもやしの和え物が出た

白髪はほとんどなくて
真っ黒いショートカットに皺だらけの顔
八十二歳のわがままな少女は動けないことが不満だ
もやしのような細い右足を投げ出して

今日は寒いか。と訊く

昭和三十五年、父は三十路で逝った
ひどい潰瘍を我慢して働いていたのだろう
十二指腸が裂けてしまったという
運のないひとだったのか

三月ほどして母は退院した
車椅子の母はカタツムリのように
ホームの廊下を移動する

まだどこかに残っているのだ
生きるための
潤いを求めて
細々とのびる白い根が

重石のような冬の下で

春を待つ
母とわたしの根っこ
父の好きだった
もやしのような根っこ




















自由詩 もやし炒め Copyright たま 2014-03-21 10:54:16縦
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