黄昏のふたり
山部 佳
熱病のように
浮かされていた時代
走り始めた
いくつもの坂を駆け上がり
知らぬ間に撥条はへたって
ある日突然 切れた
胸を開けて取り出した撥条は
楕円形に歪んで 腐食され
真っ赤な錆にまみれていた
「撥条仕掛は古いですよ、もう」
医者は誘惑して
超小型電動機式の可変減速装置を奨めた
「空気電池なんでね、長持ちしますよ」
パンフレットには ミドリ十字のロゴが踊って
満州の大平原と高粱畑が胸に広がった
「おい、ナニはアレしといてくれたかいな?」
「あら、昨日ちゃんとソレ買うといたよ」
「よかった…ナンタラはカンタラしとかんとな」
「そうやねえ、ソレにナニはつきもんやわねえ」
これで伝わっているのだから
ある種の凄絶さを感じる
銀色のスマートな
超小型電動機式の可変減速装置に代えていたら
こんな平穏な日常になっていなかっただろう
熱病の後の
乾いた瘡蓋をぽりぽりと
掻いている春の夕暮れ