黄昏のふたり
山部 佳

熱病のように
浮かされていた時代
走り始めた

いくつもの坂を駆け上がり
知らぬ間に撥条はへたって
ある日突然 切れた
胸を開けて取り出した撥条は
楕円形に歪んで 腐食され
真っ赤な錆にまみれていた

「撥条仕掛は古いですよ、もう」
医者は誘惑して
超小型電動機式の可変減速装置を奨めた
「空気電池なんでね、長持ちしますよ」

パンフレットには ミドリ十字のロゴが踊って
満州の大平原と高粱畑が胸に広がった

「おい、ナニはアレしといてくれたかいな?」
「あら、昨日ちゃんとソレ買うといたよ」
「よかった…ナンタラはカンタラしとかんとな」
「そうやねえ、ソレにナニはつきもんやわねえ」

これで伝わっているのだから
ある種の凄絶さを感じる
銀色のスマートな
超小型電動機式の可変減速装置に代えていたら
こんな平穏な日常になっていなかっただろう

熱病の後の
乾いた瘡蓋をぽりぽりと
掻いている春の夕暮れ


自由詩 黄昏のふたり Copyright 山部 佳 2014-03-09 22:11:28
notebook Home 戻る