雛人形は海を渡らない
夏美かをる

雛人形は海を渡らない

「今日は雛祭りよ」
「雛祭りってなあに?」

童話を聞かせるように
雛祭りの話を聞かせる

「ふ〜ん」
それはまるで 
おとぎ話よりも遠い世界のお祭りごと





女雛の神秘的な笑みに
底知れぬ畏れを抱いていた私のこの血は

娘達の中で薄まって
そのまた子供達の中でさらに薄まって

やがて一滴も残らず
取って代わられるだろう
春には夢中でイースターバニーを追いかける血に





雛人形は海を渡らない

だから私はタブレットを取り出す
「ほら、これが雛飾りよ」
「ふ〜ん」

「雛祭りの歌を教えてあげるよ」
「その歌なら知ってる。
 日本語の幼稚園の先生が教えてくれた」
「じゃあ、歌おうか?」





やがて遺言通りに流されるであろう
私の白い欠片が
ある春の日に息を吹き返す瞬間

あなた達の愛くるしい娘達の
透き通った歌声を
海風が届けてくれるというのなら

私はきっと故郷ふるさとの海に還っていけるだろう





雛人形は海を渡らない

だけど 和の国の美しい旋律は
一瞬で天空を超え
私の唇から娘達の唇へと注がれていく

イースターバニーの住む国で
その唄が永久とわに歌い継がれていく夢を
弥生の曇り空にそっと飛ばす

今日は一七時間遅れの雛祭り


自由詩 雛人形は海を渡らない Copyright 夏美かをる 2014-03-03 16:26:50
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