緒方ハリガネ。


 JUSSAが声をあげたのは
 疲れて帰ってきたわたしが
 テーブルの上に並べられたコップの
 右から3番目を何気なく飲みきった後だった。

 JUSSAは、本気で怒り
 また「ミ」を作り始めた。
 わたしはあまり深刻にならず、
 しかし冗談には聞こえないように
 JUSSAに謝ろうとした。

 そしたら、

 わたしの声は「ミ」になっていた。

 次の日、会社で挨拶をする度に
 みなに笑われた。
 はじめはみな、おもしろい冗談だと
 わたしの「ミ」を笑った。
 しかし、会議が始まっても、先週の報告をしているときも
 当然わたしは「ミ」のままだったので
 みなも気付いたようだ。
 みなはさっきよりずっと大げさに
 わたしの「ミ」を笑った。

 友人の音楽家はわたしの声を聞き
 「少しあがっているね」と言った。
 わたしは彼に、いきさつを伝え、
 JUSSAはあまり歌が得意でないことも伝えた。
 彼は話を聞いた後、少し考えて、
 「それにしてものびやかだ」と言った。
 わたしには意味が分からなかったが
 わたしは、わたしではない誰かのことで
 とても嬉しくなった気がした。

 ときどき飴が降ってくるのはすこし
 痛かった。

 JUSSAの誕生日が迫ると
 わたしは泣き出した。毎晩泣いた。
 とても悲しかったからだ。
 悔しくはなかった。
 わたしは泣いても「ミ」だったので
 余計に悲しくなり、余計に泣いた。
 その涙も「ミ」だった。
 あまりに物覚えの良くないせいで、
 みなから無神経だと言われるかわいそうな
 友人の音楽家がわたしの書いた詩に
 音を付けてくれたのだ。
 わたしは、JUSSAのためのこの詩を
 JUSSAの誕生日に歌おうと決めて
 ずっと前に彼に音を付けて欲しいと依頼をしていたのだ。
 彼はわたしが「ミ」しか出せないことを
 すぐに忘れてしまったのだろう。
 だからわたしは彼のことを怒ったりしなかった。
 だからわたしは彼のことを恨んだりしなかった。

 JUSSAの誕生日の前日、
 「ミ」と詩を持て余しながらわたしは仕事をしていた。

 わたしは、たくさんの水を飲んだ。

 わたしもJUSSAに負けないくらい音痴だったから
 音楽家の友人の注いでくれた水を
 何杯も何杯も飲んだ。
 苦しかったが何杯も飲んだ。
 「ド」と「レ」の間も飲んだ。
 「ミ」と「ファ」の間も飲んだが
 友人は「それはいらないよ」と言った。

 誕生日になった。
 わたしは、歌をプレゼントした。
 JUSSAはとても喜んでくれたが、わたしは変な気分だった。
 勢ぞろいした音達の中、
 わたしの、いやJUSSAの「ミ」がひとりぼっちだったからだ。
 「ミ」はひとりぼっちで、公園で遊んでいた。
 「ミ」は何時間も大通りの角の信号の下にいた。
 「ミ」は何度もケーキを焼きなおしていた。
 「ミ」は服を破っていた。
 「ミ」は駆け足でわたしのところまで来たかと思ったら
  そのまま、ずっと黙っていた。
 わたしは「ミ」の音のところに来るたびに悲しくなった。
 わたしはそのとき「ミ」よりもずっとひとりぼっちだと思った。
 JUSSAはいつでもわたしが泣くと泣くので
 やはり今日も泣いていた。
 泣きながら最後まで歌うと
 もうどんな言葉だったか、すべて忘れてしまっていた。

 ふたりで泣きながらケーキを食べた。
 とても静かで、そのときだけは「ミ」はわたしたちと一緒にいたのだ。
 とても静かで、ときどき涙がこぼれた。
 ケーキは変にしっとりしていた。
 水を飲みすぎたからだ、と思った。

 
 
 
 




自由詩Copyright 緒方ハリガネ。 2005-01-16 23:51:11
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