雪の日
藤原絵理子

「ああ,嫌だ」
彼女は台所の隅でぬか床を愛撫しながら言う
手を入れるたびに 「さくっ,さくっ」と音がする
重みに耐えかねた雪が どさっと落ちる
たまの大雪くらいで大騒ぎできるほど平和だ

何年か前に死んだ犬は
体中に雪を積もらせたまま
笑いながら庭を徘徊していた
年老いても やっぱり 犬だ
そして 腎不全になって寒い日に死んだ

無数の線虫やバクテリアが
土の中で息を潜めているのを覆い隠し
通奏低音を取り去ったら
この雑駁な町がこれほど清浄になろうとは
そこだけの非日常に乗って旅をする

どこかの街角では
酔っ払いが雪に滑って頭を割った
そして今日水族館で
1869日間絶食していた
高名なお坊さんが とうとう亡くなった

「さくっ,さくっ」と音をたてて穴を掘っている
降り落ちる雪がシャベルにまとわりつく
彼は ただただ 掘っている
「温泉にでも行きたいなあ」
呪文のように繰り返しつぶやく

大雪警報の出た午後
子供らは雪合戦なぞしながら下校する
はしゃぎ声と鳥の声だけが
静かな部屋にしみこんでくる
「ああ,嫌だ」


自由詩 雪の日 Copyright 藤原絵理子 2014-02-14 22:38:24
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