詩人の庭・松田幸雄
由木名緒美


そのポジション こころもち傾いだ肩
だがその奇妙な天秤は正確に示していた
数冊の詩集は巨大なOEDよりも重いと
あるいは野の中の一本の大木
その美しい縞模様の幹と いろとりどりの葉よ
だが近寄ってみれば それは 二本の木
蝋燭のように静かなる炎を燃やす木と
光に映えるきらびやかな異国の木だった
だがもっと仔細にみればついに一本の木
異国風の木は育ったひこばえにすぎなかった
(聞け 主木の梢に鳴いている風の音楽)

思想以前の多様さについてあなたは語った また
愛について 経験について ひらいた掌の磨耗について
落ち着いてしずかに話すあなたの言葉の
ひとつひとつはそのまま原稿用紙の枡を埋めた
ていねいな手紙のお家流の
(ほんとは何流かわたしは知らない)
あのなんとなくいわくありげな書体は
最後の一字まで崩れも流れもしなかった
あなたの人生の枡や書体にわたしたちは
どんなに安心してよりかかってきたことか
(見よ 庭には主のいないロッキング・チェア)

一癖も二癖もある三日坊主らが
七人集まれば五十癖をごねる
ビールの泡立て口角泡を飛ばし詩の泡吹きあげる
Aの議論はBの議論を呼びCの議論をつくる
またはじまったとあなたは微笑んでいる
そうだ わたしたちが出入りしたのは
あなたの家ではなくてあなたの心だったのだ
ネガティヴ・ケーパビリティ
それこそあなたの好きなキーツが
あなたのために残していった言葉だった
(あなたの方寸はキーツ・ハウスよりも大きい)

一年の営みを ひとびとが神とわかちあうあの宵に
六十五年の夢のあいだの営みを
きちょうめんに整理してあなたは天に返した
遠い旅の終わりを 詩の最終行のようにまっとうして
あとは荒涼の 荒涼たる・・・
そうしていまやもうあなたに終わりはありません
結びの一行に心を砕くことは永遠に不要です
天国の花園で心ゆくまで
薔薇の剪定を楽しんでください
安藤さん (そしてもし摘まれた枝が
落ちてきたら 私たちはこの世に挿し木して・・・)


自由詩 詩人の庭・松田幸雄 Copyright 由木名緒美 2014-01-15 14:19:09
notebook Home