二十代
岩下こずえ
線路のレールのうえを、落っこちないように両手でバランスを取りながら、歩いている。
そのまま振り返って、「どう、上手いでしょ?」なんて誰かに言ってみたいが、あいにく私
はひとりだ。私はただ振り返る。そして、荒野の彼方の、すっかり小さくなってしまった街
を、じっと見つめる。
今までは、皆と同じように、列車に乗ってレールのうえを走っていた。その旅中では、
美しい景色が何度も見えた。悲惨な戦場の横を通過したこともあった。そうやって私は、皆
と同じように、色々なことを学んだ。やがて、最後の駅。皆はそこで降りて、それぞれの場
所へと散っていった。でも、私は、まだレールが続いていることに気づいて、その先にはま
だ何か、まだ何かが、きっとまだ何かが、あると思った・・・。それを見てみたかった・・
・。
いえ、嘘。私は、このレールの先に何かがあるなんて、本当は信じていない。本当は、皆
と同じように街のなかに溶けてゆくことが、どうしてもできなかったのだ。列車を降りて、
街の様子をはじめて見たとき、私は、皆に訊かずにはいられなかった。「ねえ、本当にここ
が、私たちが到着するはずだった街なの? 見てよ。なんか、ヘンよ。」駅で出迎えていた
大男が手を伸ばして、いっしょに列車を降りたばかりの子を掴みあげる。何も言わず、乱暴
に、一方的に、その子を街のどこかへ運んでゆく。どこへ連れてく気なんだろう。でも、も
う抗えない。大男は、陽気な歌を歌いだし、その子を手に掴んだまま、遊園地にある海賊船
とかスペースシャトルのアトラクションみたいに、大きく腕を振って歩く。ぐるぐる、ぶん
ぶん、スペクタクル。みんな、おおよそこんな感じで、大男たちにむんずと掴まれて、 街の
どこかへと運ばれてゆく。怖くて悲鳴をあげる子もいれば、うきうきして馬鹿みたいに笑っ
てる子もいる。私は、もう一度、でも今度は大声で叫びながら、訊く。「本当に! ここが
! 私たちの! 目的地だったの!?」答えはない。それどころか、もう誰もいない。わけ
が分からなくなって、ただ叫ぶ。「人さらい!」
街から先の列車はもう出ていなかったので、私は、自分の足で、レールをたどってきた。
ここは荒野。 安楽に眠れる場所なんてない。それどころか、飢え、渇き、からだの痛み、焼
け付くような暑さ、極寒の夜・・・。私はつらくて、それらすべてに涙を流す。それに、ひ
とりっきりだ。
でも、誰かにはっきり言ってみたい。「私は街なんて、絶対にイヤ。死んでもごめんだわ
。このレールの先に何もなかったとしても、今のほうが断然いいわ。」