そして繊細の雨
ねことら
とおくからデッサンしていた。いつも。
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減ってく音にまもられてた。はいいろにぬりたくったせかい。りょうてとりょうあしを伸ばしたらなにかにあたった。これがぎりぎり。わたしのいきてゆける範囲。
毛布のきごこちがすきだ。すきですきで不安になりそうになる。ごしごし、髪の毛をおしつけてる。きみに「ふあんだよ、ふあんだよ」て小声でゆったら、「うん、うん」て隣でうなずいてくれた。きいてくれてた。だからわたしはもう少し不安でいていいんだ、と思う。
きみの顔がたまによくみえない。ぺたぺた、ほほや鼻やまぶたにふれて、ここにいるの、て聞くと、いるよ、てゆってくれる。だから、ここにいるんだなって思う。でもすぐにわからなくなる。きみとわたしがここにいるって、どうやってたしかめたらいいんだろう。
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鏡の像がじぶんにみえなくて不安に駆られる。顔の輪郭をぐにぐにとのばしてみた。肉がある。痛みがある。
駆け足のビンゴゲーム。通勤鞄や買物カゴの年寄りを追い越していく。からっぽのアルミ缶をがんがん鳴らして。おどろいてふりむく前に、息をころしてとおりすぎる。
高学歴の、高額当選者の、高層ビルの、高解像度の。いくつかをたして四で割ったイメージの断片がプロジェクションマッピングのようにべたべたとぼくや他人にかさなっていく。はやくへやにもどろう。いきをしつづけるにはじゅうぶんな酸素がたりないから。
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ちきゅうぎ。わたしの愛着のひとつ。きみがショウウィンドウから離れないわたしに買ってくれたもの。カッターナイフで切れ目を入れて、はんぶんにわっていく。すこしずつ、すこしずつ。なにかまいにちの飛距離をきざんでいる気がする。しんぞうがちくちく痛んで、あんしんする。これもわたしのぎりぎりの範囲。
すこし、きぶんがいいときはベランダに出てじょうろでハーブに水をあげる。つちにさわると、つめたいとおもう。つちは、つめたい。鼻によせると、じゃりじゃりと、つちのにおいがしてる。かぜが青い。すごく硬くて、なにかはがして、逃げていく。
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湿った古新聞がフローリングにへばりついている。来年のGDPが何パーセント増えるかとか、そんなことが書かれていた。きみはぐっしょり濡れて床に寝ていた。エアコンがつよく効いていた。
上着をぬがせてタオルで拭いて、ベッドにはこんだ。いちども目を覚ますことはなかった。きみは安心して眠っているように見えた。
きみと暮らす日々。荒野で回る風車をおもう。どこに電気や、ちからをはこぶためではなく、そこでまわりつづけるためにまわる風車のことを。
開いた窓から、つめたい風がふきこんでいた。夜の匂いがした。
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「ふかく掘った穴のそこでねじを一つ一つしめていく。でもきっと、さいごにせかいがまたこわれていく。ホログラムの線がうすくひかってきれい。やわらかな糸をまとって。きみもひかっている。まいにち、夜をぶんかいして、ねむろう。」
「オレンジ、ブルー、グリーン。色とりどりのゼリーがクラッシュして、降った。傘なんてないし、カラフルに宇宙服は染まった。ぼくらはわらった。真空で、音はきこえなかった。」
「メリークリスマス」わたしはほほえむ。
「なにかいった?」わからないままぼくも笑っていた。
どこかのくに、どこかの時間軸で。
また遠くからふたりはデッサンをつづける。
それは、たぶん祈りに似ている。
どのような結末でも、どのようなかたちでも、
ふたりがずっと、そのままでいられるように、
それだけを、おもいながら、
ただ、