本の街へ
Seia


駅を降りた時から
熟れた紙の匂いがしていた
一歩踏み出した時から
文字がバラけて押し寄せてきた
(ここは本の街です)

このあたり一帯が
巨大な書庫になっていて
その事実だけで
既に酔いそうになっていて
(ここは本の街です)

歩いては迷い歩いては
迷いを繰り返し迷い歩く
路地裏を抜けて大通りを渡って
雑誌と料理本の隙間に
入っては出て入っては
出てを何度か続ける
途中でピザトーストと
コーヒーを味わったりもして
写真集と画集の間を通り
傾斜のきつい階段を
三階、四階へと上がって
ひとつ、ふたつめの棚の前にきた

背表紙をなぞり、スルー、
なぞり、スルー、なぞり、
スルー、背表紙をなぞり、手に取る。
ぱらり、ぱらりとめくる、
めくるめく本の中へ吸い込まれ、
る直前で閉じて、
そのまま棚に戻してしまう。

そしてまた歩いては迷い
歩いてを繰り返し歩き迷う
十字路を右にT字路を左に
古地図と春画の隙間に
入っては出て入っては
出てを何度か続けて
十数分後に浮かぶ(やっぱり)
Uターンして小走りで
値札と額縁を揺らし
傾斜のきつい階段を
三階、四階へと上がって
ひとつ、ふたつめの棚の前にいた

背表紙をなぞり、スルー、
せずに、手に取り、中身は見ない。
背表紙をつまんで、財布を出すまでの
記憶(短い数歩)は飛んでいて
引き寄せられたのだろう
私が選んだのではなく
後ろから首根っこを掴まれた。

初めて訪れた本の街は
誰かを捕まえようとする
透明な手で溢れていた
私を捕まえようとする
透明な手がうごめいていた

そして今もまだ私のうなじには
指の形をした五本の痣が残っている


自由詩 本の街へ Copyright Seia 2013-12-23 13:07:01
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