「昨日」
宇野康平

大切にプールされた心を貯めなさい、消費しなさいと経済
アナリストが言いますが、

嫌です、お断りです、と言うと周りは白目で私を見つめる。

夕方

アビーロードのように横断歩道を堂々と渡りたいわ、と言
った女の手の爪は綺麗に切られていた。

いつからか、その爪と、指と、手と女が、好きだ。

その手を握ってもいいだろうか、と私は言う。

頷いた女の頬にキスをしながらその繊細な、ガラス細工の
ような手に触れた。

女は良い形をした口を私の耳に近づけ、死んだ人が蘇る不
思議な夢で流れた歌を口ずさむ。それは「Beatles」とい
う最も有名なバンドの曲らしい。

http://www.youtube.com/watch?v=S09F5MejfBE

いずれ、最後の日になれば死人はみんな蘇るから、そのと
きはこの歌を歌いながら私を探して。そう女は呟き、罪を
全部背負ったような瞳で私を見つめた。

微笑みながら目に涙をためる女にもう一度キスをする。

女を家に返し、寝床に入るころには日の出の時間になって
いた。

私は祖母が口ずさんだ、戦地へと行く祖父を送る軍歌を思
い出していた。煙草ように、徐々に消えていく心は私の意
思ではないと、寒冬に身を縮めながら。


《劣の足掻きより:http://mi-ni-ma-lism.seesaa.net/


散文(批評随筆小説等) 「昨日」 Copyright 宇野康平 2013-12-14 17:14:03
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