さくら色の息吹
夏美かをる

膝下五センチのスカート丈
三つ折りの白い靴下
おかっぱに切りそろえた髪
私は校則通りの平凡な中学生

ふくらはぎ下までのスカート丈
伸ばしたままの靴下
パーマがかかった茶髪
そう、あなたは いわゆる不良だった

校内暴力が吹き荒れていた中学校で
あなたはまさに台風の目
次から次へと問題を起こすあなたのせいで
教師達の顔はいつも引きつっていた

だけどあなたは
私のような普通の子には決して手を出さなかったから
私には極めて平穏で平凡な学校生活だった
部活と定期テスト、私の頭の中はそれだけで一杯だった

だから 二年生になってあなたと同じクラスになっても
あなたと私の接点など何もないと思っていた
なのに…

ある日の休み時間 
あなたがつかつかと私の前にやってきて
突然大声を張り上げた
「小杉があんたのこと好きなんだってよ。
 あんた小杉と付き合っちゃいなよ!」
その瞬間クラス中の視線が私に集中して
私は呼吸ができなくなった
おかげで翌日は生まれて初めてずる休みをした

それからしばらくは
教師達と同じ目線で
あなたを見つめていたかもしれない
あなたと小杉君のいる教室は針のむしろのようで
あなたのことを本気で怨んだ
ついでに小杉君のことも

あなたを見る目が少し変わったのは
平穏で平凡な日々が戻ってきた時のこと
あなたのとりまきの子が
職員室に呼ばれた後泣きながら教室に帰って来たら、
あなたはその子の頬をピシャリと叩いて、こう言ったのだ
「叱られて泣く位だったら
 初めからするなよな」
冷たい炎のようなあなたの覚悟は
やわい私の心をジュッと焼き
永遠に消えない瘢痕を残した

再び季節が変わり 梅がほころび始めた頃
私は転校することになった
最後の登校日、あなたは突如私に耳打ちをして
私を廊下に呼び出した
動悸を覚え、ふらつきながら出て行くと
不意にあなたの左手が私の前髪を掴んだ
驚きの余り後ろにつんのめってしまうと、
あなたはクスリと一瞬笑顔を見せたのち
さくら貝の飾りのついたピンをそっとつけてくれた
黒の毛止め以外は校則違反だったので
すぐに外してしまったけれど、
握り締めていた手の中で
それはいつまでも温かかった

あれから私は再度引き移り
懐かしい消印が押された風の便りでさえ
届くことがないこの地で
更に幾つのも春を見送ってきた
海の向こうに置き去りにしてきたものの
刹那に胸が疼く感謝祭の前日
ふと鏡台から色あせたピンを取り出し
あの時と同じように握りしめてみれば
やはりそれは ほのかに温かい
三十五年前のあなたと私の
不器用で真剣な早春が
今もそこで息づいているかのように―


自由詩 さくら色の息吹 Copyright 夏美かをる 2013-11-27 17:17:38
notebook Home