伝えられない本当のこと 
板谷みきょう

朝の忙しい時間に入る前に
外に沢山の雪が降り積もると

暗い時間から起きた妻が独り
除雪の作業をする
それは
ぎっくり腰以来
腰の具合が悪い
ボクの為なのかもしれないが

真意は解らない

聞いた事がないのは
臆病だから

理由にならないことぐらい
知っている

ボクが言いたいのは
そんな朝があろうとも
朝食と弁当を毎日
作ってくれていること

有り難いなぁ
そう思いながら
ありがとう
が言えない

遅く起きてきた寝ぼけ眼のボクを
非難することもなく
甲斐甲斐しく朝食の用意をし
暗い朝早くから
起き出して作ってくれたのだろう

朝食の皿が並ぶテーブルに着いて
ご飯とオカズから少し離れた場所に
小鉢に温泉卵が入っていた

ぷるぷるとして
白く美しく光り輝いている様に
神々しさまで感じられる

珍しい我が家での
朝の小鉢の温泉卵

玄関の扉の開く音がして
雪を払う音
アノラックを脱ぐ音がする

寒さに頬を紅にして
茶の間に冷たい空気と一緒に
入ってきた妻が
「オハヨー。」と言う

「おはよう。」と
まどろみに応えながら
温泉卵を
小匙で一口掬って食べる

そこで衝撃が口の中を襲い
すっかり眠気が飛んでしまった

食感と味に初めて
それが
手作りヨーグルトだと
知った

雪が降る時期が近づいて雪を想うと
ぎっくり腰で
除雪ができなくなったあの朝を
思い出す

今年は夏の間に
小樽北一硝子の洒落た碧い
クリスタルの小鉢を買って
果実やヨーグルト用に使っている

今でも
妻は
クリスタルの小鉢を
買った本当の訳を知らない


自由詩 伝えられない本当のこと  Copyright 板谷みきょう 2013-11-02 06:14:24
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