九十億のそのつぎの
佐々宝砂

この惑星のこのあたりはそろそろ晩秋で
赤く色づきはじめたハゼの葉が
窓の外に揺れ

この惑星のこのあたりはそろそろ夕刻で
暗くなってきた室内に
パソコンの画面がまたたき
またたき

プリンタが突然動き出し
でももうなにひとつ印字されない

ご存じでしたか
この次元のこのあたりはもうおしまいなんですよ

存在の意味を失った紙切れは
風に舞うこともなく
ただ溶ける
風すらないんだもんね

ハゼの葉も
パソコンも
風も
私も
この宇宙は
もうおしまい
私たちの役目はおしまい

じきに冬がくるよ
氷雨も雪もない
まっ黒な冬が
すべてのものが静止し
原子ひとつの幅さえも動かなくなる冬が
永遠の冬が

九十億の神の御名がすべて記され
ランダムなすべての音のすべての連なりが記され
すべて語られ

語り尽くされた安寧に溶けてゆきながら
私は泣く
宇宙なんか終わってもいいけどさ

たったひとつだけ
たったひとつだけ
語られていない
それ

語られても語られても
語り尽くせなかった
それ

九十億のそのつぎの
それがほしいばっかりに

私は泣く




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「九十億の神の御名」 はアーサー・C・クラークのSF短編のタイトル。
原題は"The Nine Billion Names of God"


自由詩 九十億のそのつぎの Copyright 佐々宝砂 2003-11-01 03:04:33
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