柔らかい毛並みをもつ犬
草野春心
柔らかい毛並みをもつ犬が
雨降りの日、あなたの家の周りを歩いている
濡れそぼった人工革の鞄を口に銜え
みじかい尾を左右に揺らしながら
あなたはベッドで横になって
赤黒く熟れた野苺のことを考えている
舌の上で蕩ける後ろめたいような酸味のことを
それが、愛する者との一度目の性交を思わせることを
寝返りを打ち、時計の長針と短針をたしかめると
眠るにはあまりに早く、
起き上がるにはあまりに遅い
口に銜えた惨めな鞄を その犬はけして放そうとしない
歯に纏わり付いた汚泥でさえも 丁寧に舐めとって飲みこんでしまう
今あなたの家の周りを歩いているのは そのような犬なのだ