柔らかい毛並みをもつ犬
草野春心



  柔らかい毛並みをもつ犬が
  雨降りの日、あなたの家の周りを歩いている
  濡れそぼった人工革の鞄を口に銜え
  みじかい尾を左右に揺らしながら
  あなたはベッドで横になって
  赤黒く熟れた野苺のことを考えている
  舌の上で蕩ける後ろめたいような酸味のことを
  それが、愛する者との一度目の性交を思わせることを
  寝返りを打ち、時計の長針と短針をたしかめると
  眠るにはあまりに早く、
  起き上がるにはあまりに遅い
  口に銜えた惨めな鞄を その犬はけして放そうとしない
  歯に纏わり付いた汚泥でさえも 丁寧に舐めとって飲みこんでしまう
  今あなたの家の周りを歩いているのは そのような犬なのだ




自由詩 柔らかい毛並みをもつ犬 Copyright 草野春心 2013-10-14 16:44:13
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