まるで他人事のように自分の冥福を祈る
ホロウ・シカエルボク




崩落した記憶は
心の底に蓄積するままにしておけ
無理に掘り出そうとしても
指先を傷つけるだけ
荒れた舌のような色の夕焼けを見た日に
幾つかの欠片が取り戻せないところまで砕ける音を聞いた
夕飯のときにほんの少しだけ呆ける時間があったのは
無意識にそいつらを弔っていたからだよ


九月の夜がカーテンにべっとりと貼りついている
重病人が喀血した取り返しのつかないほど深いところの血みたいにべっとりと
それはある種の感情を黒目に植え付けるが
場所が場所だけに放っといてもくり抜いても確認なんか出来ないのだ


遠い街の火事のニュース
若い夫婦と生まれたばかりの子供が亡くなりましたとアナウンサー
彼女の今月の給料明細には
少なくともその三人の名前も刻印されていることだろう
彼女には彼らを追悼することさえ出来ない
電車の運転手が運行時刻を守るように簡潔に読み上げるだけだ


最終便が行ってしまったあとの
バス停に座っているのが好きな女が居た
名前も何も知らなかったが
仕事から帰る道の途中にほぼ必ず居た
そのうち互いに親近感を抱くようになったので
時々バイクを止めて隣に腰かけて話をした
雨ばっかりでうんざりだとかそういうくだらない話ばかりだったけど
すでに終わったものを待つのは永遠に破られない約束を持つことに近いと彼女は言った
その通りのようにもまるで違うようにも思えた
何度も話をしたのに
自己紹介を一度もしなかった
彼女の名前を知ったのは
彼女が潰れたデパートの屋上から飛び降りて死んだあとだった
俺は最終便が行ってしまったバス停に座って
彼女がやって来るのをじっと待っていた
彼女がやってきて天気とか睡眠時間の話をするのを


いつ誰に貰ったものなのかまるで思い出せないのだが
気に入って飾っている絵がひとつだけある
絵には疎いのでどういう種類のものなのか判らないのだが
そこにはうら寂しい岩山のふもとの小さな集落が描かれている
空は曇りで(まるでそれ以外の天気が無いかのような堅実さで)
人々は皆うなだれるように仕事をしている
余り暖かいところではないのだろう
山の上には万年雪のようなものが積もっている
皆うなだれていて
そしてこれまでのこともこれからのことも
すべて知っているというような目をしている
そして知っていながら
何をどうすることも出来ないのだ


崩落した記憶は
心の底に蓄積するままにしておけ
無理に掘り出そうとしても
指先を傷つけるだけ
荒れた舌のような色の夕焼けを見た日に
幾つかの欠片が取り戻せないところまで砕ける音を聞いた
夕飯のときにほんの少しだけ呆ける時間があったのは
その中に俺の死体が混じっているのを見つけてしまったからだよ




自由詩 まるで他人事のように自分の冥福を祈る Copyright ホロウ・シカエルボク 2013-10-08 23:26:00
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