親愛なる あなたへ
鵜飼千代子



私は、今とても腹が立っています。
とてもとても、腹が立っています。
どうしてだか、あなたにはわかりますか?
あなたはとても優しいし、心が広いし、我儘な私を全身で受け止めてくれる、だからあなたと結婚しました。
あなたのことを愛しています。
だけど、あれだけは許せない。どうしても我慢ならない。
一人で家に居るとそのことを思い出して、むかむか、むかむかしてきてどうにもおさまらないので、この手紙を書きました。
どうしてあなたは、全く気に掛けずに外でポイッと物を捨てることが出来るのですか。あなたがあの日、線路脇の道で、紙屑を何気ない風に捨てるのを見て、私はあまりの突然の出来事に仰天し、弾けたようにあなたに抗議しましたね。あなたはにこにこ笑いながら、もうしない、あなたはこういうの嫌いだものねと言ってその直後、口に入っていたガムを吐き出しましたね。道路に。
今、言ったでしょう!と私は頭に血がのぼり、危うく失神してしまうところでした。あなたは、自分がどんなことをしたのか、わかっているのですか?あなたは、吐き捨てられたガムを踏んでしまった苦い思い出はないのですか?
あるよ、と言いながら笑っていられる、あなたは、あなたは、いったいどういう人なのですか?
あなたは知っていますか、私が浮き浮きしながらあなたに会いに行く途中、そう私は思いっきりお洒落をして、リーガルの新しい靴を履いて出掛けたあの日、突然片方の足だけペッタン、ペッタンと、地面と仲良くなってしまって、思わず足を止めたことを。なんだろうと思って靴を脱いでみて靴の中を覗き込んでも何もないし、気のせいかと思って、私はそれからもまた、何歩か歩いてしまったのですよ。ぺったん、ぺったんと。
おかしいなあと思って靴を裏返してみると、(その時の私を思い浮かべてみてください。)下ろしたての靴にガムが、ガムが着いているのですよ。血の気がサーと引いて、街路樹にもたれ掛かりながら、石でこそげ落とし、紙に包んでごみ箱に捨てました。
あなたに、背中汚れているよなんて言われて、その日一日ブルーだった私の気持ち、わかりますか?
あなたは、そんな被害者をつくりだす種を播いたのですよ。
少し考えてみてください。愛しています。あなたの妻より。



でらむか大賞
〜でらむか大賞うっぷんばらし大賞 作品集〜所収
1998.3.20初版発行。
編 愛知県西春町 発行 ぎょうせい








散文(批評随筆小説等) 親愛なる あなたへ Copyright 鵜飼千代子 2013-10-07 05:11:36
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