ある社会の中で
ヒヤシンス


たわんだガラス窓をひたすらに登ろうとしている羽蟻を見ていた。
同じ動作を飽きもせず繰り返している。
彼はなぜその小さな背に生えている羽を使わないのだろう。
よく見るとその羽は見る影もなく疲れきっていたのだ。

登っては落ち、登っては落ち、なおも彼は続けている。
同じ動作を。飽きもせず。
思わず手を貸したくもなるが、大きな私は彼には驚異だろうとそれもやめた。
彼は何かを求めるように上へ上へと目指してゆく。

乗合バスに新たな客が私の目の前に座る。
その老人は小さく蠢く羽蟻を見ると、なんとはなしに羽蟻を潰した。
しわがれて老いたその無関心な手で。

私の感情がバスの車内、宙に渦巻いた。
私はあっけなく殺された羽蟻に心が動いた。
悲しいことに彼の懸命さはその老人には届かなかったのである。


自由詩 ある社会の中で Copyright ヒヤシンス 2013-09-27 20:26:40
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