春を返して
まーつん

 終わらない
 冬の時代

 雪は降りやまず
 溶けようとはしない

 隅々まで覆う雪原を
 横切っていく犬の群れ
 
 引かれる橇の
 手綱を取るのは
 死神か 腹黒い
 サンタ・クロースか

 傍らに乗せた大袋
 縛り口から覘くのは
 黒光りする 長い銃身
 ギザギザの鉄条網
 煙を吐く煙突

 銀に輝く地平線へと
 ガタガタ、ゴトゴト、
 運ばれていく

 代わり映えのない
 景色の中では
 地図なんて
 意味をなさない

 どこに居たって
 見えるものは
 同じなのだから…

 かつて
 春は命を育み
 陽は雪を溶かし
 眠る大地を揺さぶった

 だが
 その季節は 今や伝説
 歴史の彼方に 取り残され
 永い冬だけが 居座った

 凍り付いたのは
 季節だけでなく
 人々の心も、また…

 咲き乱れる思想
 謳歌する自由は

 軍靴の足音と
 監視の目に葬られて
 いつしか過去のものとなり

 そして
 繁栄の街は遺跡となって
 厚い氷の下に眠り 今や
 雪の静寂のあちこちで
 僅かな命の残り滓が
 細々と 息づいていた 

 今 一人の女が
 雪原に跪く

 その口元にこびり付くのは
 食んだばかりの獲物の鮮血

 痩せた体で這いつくばり
 狂ったように雪を掻き分け
 氷の岩盤を暴き出す

 荒い息を吐く女の眼は
 透き通る厚い氷層の
 遥か下に眠る 昔日の都市に
 錐で穴を穿つような 眼差しを向けた

 そうして
 爪が剥がれ
 血の滴る両の拳を
 足元の氷に叩き付け
 博物館の標本のように眠る
 二十一世紀の都市に向かって
 こう 叫びかけるのだった


 春を返して、
 あたしに
 春を返してよ、と


 自由な生を、緑の大地を
 清浄な水を、澄んだ空気を

 箱詰めにして
 素敵なリボンで縛って
 ここに届けてよ、と

 だが その声は
 切れ味鋭い 静寂に
 駆けつけた 北風に

 たちまち 微塵に
 切り刻まれて…

 どこか遠くから
 吠えたてる
 猟犬の群れの声が
 
 高く 低く
 響いてくるのだった


自由詩 春を返して Copyright まーつん 2013-09-26 10:54:26
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