夜のタマネギと砂の城
ストーリーテラー

みんなが寝静まったので
何もかも忘れてしまった僕は
いつものように、夜のタマネギを剥き始めた。
一枚剥くと
最後まで剥き終われば何かを思い出すはずだ、ということを思い出した。
もう一枚剥くと
寂しさと苦しみを迎えに行こうとしているのだ、ということを思い出した。
でも、まだまだわからない。
何があるのか思い出せない。
ベッドの背にもたれて
僕はひたすら夜の皮を剥いだ。
あと一枚、というところで
タマネギの芯には『これから』があることを思い出した。
はっとして、泣きながら
そっと、そっと、元に戻そうとしたのに
爪のない震える指が
タマネギの芯に触れてしまった。
世界を切りとった窓は
現実味のない東の朝を放映し
湿った地面はいのちの匂いをまき散らしている。
そこから、目を閉じるまでの数分間
僕はしっかり苦しんで、生きることを思い出す。


目を開けると、砂の城
やっぱり何も覚えてなくて
僕は白く閉ざされた一面の城壁を触る。
鍵はなく、色もない。
城の中で三角座りをしたまま僕は色々なことを思う。

もし、この壁が剥けたらなぁ。とか。
それがだめなら・・・
せめて、砂ではなくてコンクリートなら
爪が割れるまで引っ掻いて
赤い絵の具で綺麗な夕焼けを描けるのに。とか。
外から見れば、このお城もきっと美しくて
誰も僕のお墓だなんて気がつかないだろう。とか。

なんてね。

こんなことしか考えられないから
いつでも時間は果てしない。
ただ夜を待つことしかできないから
いつでも時間は果てしない。

早く、タマネギをください。
中に幸せがあろうと、なかろうと。
畑に傘をさしてはいけません。
雨が降れば傘をさす、というのが生きることではないのです。
僕のタマネギを盗らないで下さい。
僕が生きるのは、皮を剥きながら
昏々と耽る夜だけなので。


自由詩 夜のタマネギと砂の城 Copyright ストーリーテラー 2013-09-25 23:54:19
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