アールグレイのこと
栗山透

テーブルに置かれた
あなたの両手を見ていた
細ながく 筋張った指
私からいちばん見えやすいように
そこに置かれている
わざとじゃないのかもしれないけれど
少なくとも そう感じる
いつもそうだ
確信は持てないけど
少なくとも そう感じる
まっくろくろすけ みたいに
確信は持てないけど
そこにいるように 感じる

月が綺麗だねってあなたが言ったら
ぼやけた月でも 綺麗に感じる
珈琲がいちばん好きなのに
ついアールグレイを頼んでしまう
雨がいちばん好きなのに
曇り空をぼんやり見てしまう
夜の海はこわいのに
闇に揺れる波を掴まえたくなる
何を言い淀んでいるのか
良いことも悪いことも
なんとなく 感じてしまう
手を見ていること あなたは知ってる
同じように感じ取っている と思う

「ぜんぶ分かるんだね」
あなたは言う


夜になるとやはり肌寒かった
ふたりとも
ストールをぐるぐるに巻いている
雨上がりの空には
ぼんやりと月が浮かんでいた
月と夜空のあいだで
うすいトーンの光たちが
雲を冷たく照らしている

まるで体が
ふたつに割れたようだった
ここにいるけど何処にもいない
声は聞こえるが 形は見えない
規則的な波の音が聞こえる
涙みたいな潮の香り

どうして君は
そんな優しい顔をするのだろう
海を見ながら君は
ほとんど表情を崩さなかった
泣きそうなのは雰囲気で感じるのに
夜の海はとても寂しい
僕は温かなアールグレイのことを考えた


自由詩 アールグレイのこと Copyright 栗山透 2013-09-07 16:14:11
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