しんちゃんとてすと
自転車に乗れない女の子
「最後の問題は答えを書いた人全員に丸を上げます」
先生はそう言って、その能面のような顔にくっついている唇を、申し訳程度に上げて微笑みました。
しんちゃんは不思議に思いましたが、先生の暴力的な笑みが怖くて黙っていると、隣の席の友子ちゃんがすっと手を上げて、
「あ? なんで全部正解なんだよ?」
しんちゃんの気持ちを読みとったように質問をしました。
先生は友子ちゃんに一瞬だけ般若のような顔になり、それからまたにっこり笑うと言いました。
「答えはいくつもあって、ふたつは無いからです」
しんちゃんは友子ちゃんが睨まれたのに、自分まで喉元に刃物を突き付けられたような気持ちになってしまいました。
友子ちゃんはその『答え』に納得していないようでしたが、それからは何も言わずにずっと俯いて、爪に塗ったマゼンダ色のマニキュアを眺めていました。
ところでしんちゃんは知っていました。
友子ちゃんもクラスのみんなもその問題に丸をもらっていたこと。
自分だけがバツだったこと。
しんちゃんは全部知っていました。
しんちゃんはテスト用紙を見直します。
『問10・あなたは何のために生きていますか』
勉強の得意なしんちゃんですが、この問題には何も書けませんでした。
答えなんてない。
それがしんちゃんの答えでした。
だから何も書けませんでした。
しんちゃんは小学生になって6か月目でしたが、初めて100点以外の点を取ってしまい、泣きそうになりました。
生きる価値なんてないと言われているような気持ちでした。
涙目でいると、さっきまでマゼンダばかり眺めていた友子ちゃんが、こっそりしんちゃんに耳うちしてきました。
「あたしの答え、教えてやるよ」
しんちゃんは嬉しくて仕方ありませんでした。
そして友子ちゃんから受け取った友子ちゃんのテストを友子ちゃん以外の人にバレないように開きました。
『問10・あなたは何のために生きていますか』
『答え・おち●んちん、びろんびろーん』
「……」
しっかり伏せ字までしているテスト用紙をしんちゃんが返すと、友子ちゃんはニヤリと笑いました。
それは先生とは全く違う人間らしい笑みでした。
しんちゃんは友子が好きだと思いました。
そして今度同じ問題がでたらこう答えようと思いました。
『友子ちゃんのため』