午睡
破片(はへん)
あさのやみにたゆたうことば、なみたつおもてにささやきをのこして、うっすらとたなびくあついかぜがめのまえにあらわれる、いのちのうしなわれたさいはてのほとり、たえまなくゆれながらほどかれていく言葉。
たらん、と。
無作為に鳴らされ続ける音を運ぶ。陽だまりの中で暖かく熱せられた音。
音を生み出すための弦。弦が震えるための風が、開け放たれた窓から、星
をも砕く熱い風が、やってくる。誰にもわからない真空に浮かんでいた塵
は、遥かな時間を経て庭先へと着地する。たらん、と。鍵盤がゆびさきを
求めない、つながりが、絶えない。
弾き手の姿がない。音階は上がり、下がり、ときに跳躍する。弾き手の姿
がないまま産み出される、音の運び手、は、黙祷のさなかに言葉を失う。
はじっこ。
まんなかでは、ないところ。
乾いた服を、脱ぎ捨てることが出来ないでいる。輝いたりしないただの塵
の、小さな粒子の中の、炎、探り当てるたびにその熱がまぼろしだとわか
る。何度も、何度でも、砂粒よりも小さな炎をとりだして、とりだして、
雨にうたれて濡れるあなたに投げてあげたかった。誰のでもない人差し指
の分だけ離れた爪先がむかいあって、あなただけが雨に降られ続けて、た
だこの雨が世界を濡らすと信じている、あなただけが。架かる橋はひとつ
もなく、あなたのもとへは、まっすぐ、あるいていけない。降り続く雨、
外がわで、太陽が顔をのぞかせている。
ゆれつづけることば、と、みずの、かたちがどうしてもかさならないとき、ねむることにしていた。ねむっているあいだ、いぶきはしずかにねつをもち、ゆったりとおちついたはやさで、さいはてへむかってながれる。だいちにおちるおとをつむぎながら言葉は、いみをもって、くみあげられていく。
最果て、と、あなたはくちずさむ。
言葉が組み上がると、色分けされなかった鍵盤がほどけ、ちらばった。不
思議と音もなく。一つ手にとると、火が点いて、とりおとしてしまって、
もういっかい、着地して、何度も、着地していたから、赤い灼熱、半音だ
け上ずった処で、あなたが受けとる。黙祷する人はいない。葬送のこころ
を風が持ち上げるけれど、それはとても重かったのだと思う。
このおもいが、風化していく。重い、想いが。
誰も死ななかった日々が、灰になっていく。燃やされていく。
それは誰の意思でもなくそして、まぼろしの炎が、ひとりでにひろがっていく。
そうしていくうち、あなたの立つところが墓標に変わり、そこに立つことは、
できなくなっていた。運ばれていく。おだやかなはやさで、
灰になった誰かと、それを見送る人たちが、ついていける、熱い寝息の、
ひとびとは、みずからを喪うあいだ、すべての指を折っている、言葉と、
自性と対象、世界とを、みとめられないまま、すさまじい熱を孕んだ風に、
運ばれていく、誰も死なず、誰も思わない、ただ運ばれていく
、なにもかも、
死なないあなたが、その人差し指の長さだけ、つまさきを前にずらすと、
上ずった、シャープが墜落して、最果てともう一度、くちずさんでいる、
清潔に乾いた衣服から、地上で見ることのできない色をした塵が舞い上が
り、空にささえられているこの大地をずらしていくから、それができるあ
なたは、明日きっとねむりつづける、そうして誰かが、ふたたび大地をず
らすまで。言葉のいらない、音の連なりが赤くふくらみながら、その熱量
でわたしたちは、すべる大地に乗って最果てへ押し流される。
あなたはまんなかからずらされていく。
誰にも弾かれない鍵盤が、もういちど、組み上がって、調律される。
あなたはまんなかから、はじっこへ、
奏でられる、そして奏でられていない、音階の正しさ。今度こそ、白と黒
に色が分かれ、音が鳴ることだけ、永遠に、熱く焼けつきながら、
あなたははじっこへと、世界の、定義されない、
終わることのない、最果て、ねむりつづける、認識のついていけない、
ねむりながら、ねむりの、外へと、
わたしたちが、はずれて、ずらされていく。焼けつくような風、強い陽射しの下。