フクロウと呼ばれた少年
イナエ

「男女七歳にして 席 同じゅうすべからず」この精神に則って 国民学校と呼ばれていた現小学校の三年生からは男女別学になった。担任も女先生から 自らを在郷軍人と名乗って憚らなかい男先生になった。新学期になって数日したある日 担任は 大柄な児童を前に呼び出すといきなり投げ飛ばした。あっけにとられているぼくらに聞かせるためか
「お前万引きやっただろう」と一言いって 立ち上がった児童をもう一度つり上げ 壁に投げつけた 彼は泣きわめくことさえも無くただ投げられていた それはぼくらへの見せしめだったかもしれない あるいは 児童に自分の恐ろしさ 強さを印象づける行為でもあったか。

この児童がフクロウである 家はぼくの近所にあって小さいころからよく遊んだ 口数は少なく呼びかければ 大きな目をギロッと向ける 彼自身は自分がフクロウと呼ばれることに不満を持ってはいなかったようだ あだ名に不満なぞ持って反発したところで 訂正されるどころかもっとひどい仕打ちが用意されていたに違いない 彼にとってはフクロウならば許せたのだ

対米戦争を始めた日本が 統治下にあった太平洋の島々を占領され とうとうフィリピンのルソン島もアメリカの支配下に置かれた 担任はルソン島奪還のため決死の切り込み作戦を行っている兵士のことを 熱っぽくぼくらに伝えた その後で 日本人一人一人が 敵を二人倒せば勝てるのだ 敵はお前たちを子どもだと思って油断する 其所がつけ込むところだ 真剣になれば 子どもだって大人に勝てると ぼくらをあおり立てた その年の終わり在郷軍人の先生は 本土はお前たち少国民が守るのだぞと 言い置いて出生していった だが ぼくは おそらくフクロウも どこかほっとした気持ちでいたに違いない

やがて アメリカ軍が沖縄攻撃を始めると 特攻機が艦船に体あたりして アメリカの軍艦を撃沈するニュースが流された その限りでは日本の戦果はアメリカを上回っていた しかし 大人たちのひそひそ話す戦況は決して輝かしいものではなく 日本がただならぬ状況に置かれ 本土決戦が準備されているという噂までささやかれた 

フクロウの兄も、十五歳で、予科練を志願して行った。 けれども もう日本には、この時期に予科練に入った者が乗る飛行はないといわれていた。フクロウの父は 兄の志願を(内心はともあれ)誇って名品と言われる日本刀をどこからか 調達して与えた。そのとき十歳だったフクロウも 将来は兄のように、国を守るために志願することを考えていたという 

学校の帰り道 フクロウとぼくが いつものように 東海道線の小さな踏切を渡ろうとしたとき遮断機が下りた 目の前を二両の機関車に牽引された貨車が 東京方面へ通って行く 随分長い列車だった ときおりドアの開いた貨車から馬がこちらを見ていた シートをかぶせた無蓋貨車には戦車が乗っっているようだった 
フクロウは大きな目を光らせ 見送っていた。いよいよ本土決戦が始まるのだろう。この日本の長い海岸線は どのように守ってもずいぶんたくさんの兵が必要になる。あの在郷軍人の話がいよいよ現実味を増してきた。

その頃には、毎日、毎晩のように空襲に見舞われた。東京も 大阪も 名古屋も 空襲を受けた 私もグラマンに遭遇したことがある。逃げる私を、操縦席の人は、笑って見ていたように感じた 実際には表情など見えることは無いのだが 隣町の県庁のある市が空襲を受けたとき 爆弾を落とし終わった 爆撃機が 規則正しく点滅する夜間航空灯をつけたまま まるで空に曳かれたレールの上を通るように ぼくの見上げる上空を通り過ぎていた 町の郊外に設置された対空高射砲は火を噴くことは無かった するとあれは 高射砲では無くて 本土決戦に備えた野戦砲だったのかも知れないと思った

母の実家へ疎開する話が具体的になって ぼくと母は打ち合わせで田舎へ行った。大工をしていた叔父の作業小屋には若い兵隊さんが数人 四角い箱に鏡をつけた望遠鏡のような物を作っていた 一目見るなりそれは 海岸線に作られた塹壕から 海上を覗く物だと思った。そのことをフクロウに話した

次の日 フクロウより遅れて教室に入ったぼくは 軍国少年を自認していた級友が彼を指さしてスパイだ スパイが居ると叫んでいるのをを見た 日頃ぼくと話していたことを
軍国少年に話してしまったらしい ぼくはフクロウの方を見ないように ひっそりと席に座った 軍国少年は 新しい担任に告げ口した 先生は 軽くたしなめたらしかった 再び彼を スパイというものはなかったが 彼と口をきく者は居なくなった ぼくももう彼と話をすることはなかった 次の日 ぼくは 田舎に疎開した 
フクロウが広島の方に疎開したと聞いたのは 八月に入って間もなくだった 


自由詩 フクロウと呼ばれた少年 Copyright イナエ 2013-08-14 15:14:02
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