愛と誠と福本豊
平瀬たかのり

 河川敷の少年野球
 バックネットにへんばりついていた
 アロハシャツのオッサンが
 グラウンドに入り込んでくる

 小柄なオッサンは
 ウェイティングサークルまでやって来ると
 いきなりバッティング指導を始める
 「ええか ビャッと来た球をパチーンと叩くんや」

 オッサンは怒る
 ヘッドスライディングに頭からの帰塁にダイビングキャッチに
 猛烈に怒る
 「アホ! 駆け抜けろ! 足から戻れ! 守備位置が悪い! 
  ケガしたいんか!」

 オッサンが得意なのは
 チームでいちばん上手くない少年を見つけることだ
 零れそうな涙を見逃さない
 「下手でエエ 下手な子ほど上手くなるのは早いんやから」

 少年たちは知らない
 オッサンがかつて
 からだが思うように動かないひとたちの施設に慰問に行き
 「何をウジウジしとんねん 外でキャッチボールやろうや!」
 そのことばが新しい
 太陽の下の野球を生んだことを
 少年たちは
 オッサンをあっという間に大好きになっている

 オッサンは
 世界の盗塁王と呼ばれていたこともある
 だからオッサンは国民栄誉賞の候補にもなった
 でも断った
 「そんなん貰たら立ちションもできへん」
 さすがに新聞記者は立ちションを立ち呑みに変えざるをえなかったわけで

 とうとうガマンできなくなって
 「代打ワシや!」
 バッターボックスに立ってしまうアロハのオッサン
 マウンドの背番号1とオッサンの
 本気の目がバチバチ火花を立てている


自由詩 愛と誠と福本豊 Copyright 平瀬たかのり 2013-08-11 20:46:51
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