たった五文字 ありがとうを、僕は言えない
創輝

まだ、たった五文字の言葉を伝えられない…。

明日
僕は生きているだろうか

愛する人に伝えられない
「ありがとう」
明日には 僕は同胞はらからに刺されて死んでいるかもしれないのに
明後日には 地に堕ちた蝉のように それを喰らうアリのように
黒い行列が列を成し 僕が遺した証を喰らい尽くさんとするかもしれないのに

どうして僕は伝えられないんだろう
たった5文字
たった五文字だけなのに、僕は口にするのをためらい
次の機会を夢見て口を閉ざしてしまう

伝えておけばよかったと
昨日ならば
1分前ならば伝えられたのにと
誰もが後悔してしまう

僕は後悔も楽しむ方だけど 取り返しのつかない後悔だけはしたくない
愛する人が、僕の口からつむぎ出された五文字の言葉を
確かに 聞いてくれて、その人の心に少しでも波を立たせることができたのだと
それをしっかりと僕の目で確かめたい

「必ず帰ってくるから」と 僕たちの先祖は口にした でも、僕の祖父は
「ありがとう」は言わなかったらしい
寂しいから 今生の別れだなんて 思い起こさせたくなかったから

口にすればどこか寂しさを覚えるたったの五文字
だけど伝えられるなら伝えなきゃ
祖父が戦地で書き遺していた家族にあてた手紙
ありがとう でいっぱいだった
だけどきっと 口にしなかった人たちは少しでも後悔したと思う

ありがとう それは、直接伝えなければもっとさみしい
僕がこの世界に生きる人を愛していたと
それを口にして、たったの五文字で伝えるんだ

戦地に行く前には みんなに「ありがとう」と小さくても聞こえる声で言って
戦地で戦った相手には 「愛してる」と大声で言って。
互いが、互いの家族を自慢しあって、互いの家族に想いを馳せて

互いを刃で貫くときも その銃で撃ち抜くときも
互いに家族がいたことを忘れない そんな世界であってほしかった!
ありがとう そう伝える相手が互いにいると、分かっている世界であってほしかった

互いの死に 涙を流し
互いの命に 感謝をして
互いが世界に「ありがとう」と心から伝えたならば

愛する人は、泣かずに済むのだろうか

ありがとう

たった五文字を、僕らは誇らしげに、日常のいたるところで言わなければ
そして、同胞に刺され死ぬときに
黒い行列が僕を喰らい尽くそうと駆けてくるときに

「ありがとう!!!!」

そう、世界中に響く大声で言わなければ……



そんな事を思っている

だけど、僕はまだたった五文字を紡ぎ出せない
よぅし、今日こそは伝えてみせるよ!



………………。




おーい。





あれ?僕の愛する人は何処だろう
さっきまで、確かに近くに居たはずなのに…。


自由詩 たった五文字 ありがとうを、僕は言えない Copyright 創輝 2013-08-08 19:19:09
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