君は英雄なんかじゃない (歌うたいと詩人と絵描き)
ホロウ・シカエルボク
人影まばらな平日の寂れたアーケイド、二〇時過ぎ 
四弦鳴りきらないカッティングで愛をうたう男 
暇を持て余している何人かが立ち止まるが 
すぐに興味を無くして立ち去っていく 
その一本南の飲み屋が並ぶ路地のとある店の中では 
半裸の男がひんまげた詩を読んでいる 
破壊が想像だと信じ込んでいるその姿からは 
そのテーマ以上のものは驚くほど伝わって来ない 
そこから数十メートル、とりあえず店の体裁を整えた感じの小屋の中では 
奇抜で稚拙な落書きが額に入っていくらかで売られている 
いまが排除されたような内装には 
ではなんだというような説得力はメニューの小洒落た文字以上には無い 
彼らはみんなこう言うのさ、「僕らは信念のもとに生きてる、やるべきことをやって、信念を守って、美しい気持ちの為に生きてる。既成概念なんかくそくらえだ、誰かのふところを肥やすために生まれてきたわけじゃないぜ」 
俺は飲みかけた酒を置いて彼らに話しかける、ねえ、いいかい、君の言ってるようなことは、そこいらのろくでなしにだって言えるくだらないことさ、君がそれを信念だというのなら君はそれを証明しないといけない 
ねえ、君の言ってる気持ちがもしも本心からのものなら 
君がそんな歳になるまで誰も放っといたりしないさ 
君が使っている手段になにがしかのものがあるなら 
刺激を欲しがるやつらの為にとっくに搾取されて今頃搾りかすになってるさ 
ねえ、君は英雄なんかじゃない 
自分でそうだとただ信じているだけなんだ 
君は英雄なんかじゃない 
君は英雄なんかじゃないぜ 
彼らは悲しそうに首を振る、僕の言ってることがどうして分からないんだという顔をして 
「そんなことじゃないんだ」と彼らは言う、そのあとに並ぶのはたいてい 
形骸化したピース・ムーブメントのなれの果てだ、そして 
そんな言葉を吐いている自分を美しいと思って欲しいという腐臭しかしない 
歌うたいが言う「音楽は愛なんだ」詩人が言う「商業主義に迎合してはならない」絵描きがパリパリの袖を掻きながら力強く頷く 
たわけ、と俺は言う 
お前の好きな音楽はタワー・レコードで手に入るだろう 
お前の好きな詩集はブックファーストで売っていただろう? 
お前の好きな画集だって美術館で買ったんじゃねえかよ 
誰かが血を吐きながらうたった歌を 
誰かが飲まず食わずで綴った詩を 
寒さに凍えながら塗りたくった絵を 
適当にバイトしながら溜めた金で買って 
そんで適当に模倣しただけで満足してんじゃねえよ 
人生を模倣しろとは言わないが 
上っ面舐めるような真似してその気になってんじゃねえっての 
認められるためにじゃねえ 
認めさせるために彼らは全力を尽くしたんだ 
歌うたいと詩人と絵描きは 
また悲しそうに首を振る 
そうしていれば主張が通ると思っているみたいに 
「あなたとはいくら話してもきっと判り合えないと思うんだ」申し訳なさそうに歌うたいが言う、そういうことを言うのはだいたい彼の役目なのだ、歌うたいは率直に話を進めるものだと、たいていのやつはそう思っているのだ 
「個々の生活に口を出す権利なんか君にはない」詩人が言う、ようやく口にした言葉がそんなことかよ、と俺は思う 
絵描きはノートを開いて何事か書きつけている、まるでもう俺に関心などないという態度を見せながら 
でも決して席を立とうとはしないのだ 
ねえ、いいかい、と俺はもう一度言う 
どんなことだっていいんだ 
納得させられなきゃそれは世迷言に過ぎないんだ 
それが君らの信念だというのなら 
君らはそれらの一切を口にすることなく 
君らを見ているやつに伝えなくちゃいけない 
君らが美しい心で選んだ手段でさ 
誰にも当たらない石を何度も投げたところで 
それは近い地面に溜まっていくばかりなんだぜ 
彼らはまた黙って首を振った、でも今度は誰もなにも言うことは無かった 
いいかい 
君は英雄なんかじゃない 
君は英雄なんかじゃないんだ 
 
