八月六日の影
イナエ

秋の中国地方を巡るツアーバスが
平和公園に着いたとき 記念館から 
修学旅行生の一団が出てきた
入れ替わりにはいった私たちが
今日最後の客になった

平和記念館を出ると
秋の陽はすでに落ちて
夜がビルの谷間を埋め始めていた
昼間の光が消えると 
人間の陰も消える

石に刻まれた影から聞こえた
無言の嗚咽を引きずって
人は自分の陰を取られないように
集合場所の街路灯に急ぐ
 
 陰が人間とともに在ったとき
 白く明けた広場に閃光が走り
 実在する肉体は蒸発して
 永遠に陰のまま存在する悲しみ

に揺さぶられた心が
谷間に漂う過去に溶けた悲鳴を
捕らえたのか 足が絡まる
 
 だが 石に刻まれた陰を
 どのようにたどろうとも
 一九四五年の八月六日に実在した身体に
 たどり着くことはもうできない
 だけで無く
 辿ることさえ きっぱりと拒否して
 存在しているのだ

重い足取りで着いた街灯の下で
添乗員は 口数少なく次の行動を促す
三角州にそそり立つビルの
谷底になった広場に漂う過去を
纏う私たちは
黒い影になって歩いた


自由詩 八月六日の影 Copyright イナエ 2013-08-06 17:31:26
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