自意識過剰にもなるだろう
たちばなまこと

地下鉄の吊革に左手をかけて
全てをあずけていた
座席の学生服の三人組が目を泳がせていた
真ん中が左斜め前の女を指さす
「これ?!」
右の学生がコントのように真ん中の頭を手の平ではたく
「声が大きいって!」
その声も大きい
笑いをこらえるのに必死になっている女は
吊革から手を離し黒の紙袋から文庫本を取り出した
フランスで十代の家庭教師と三十代の婦人が恋におちる話

地下鉄の乗り口近くで本を読みながら
ポールに身をあずけていた
反対側のポールから身体を女に向けて
本を読む中年男
本を読むより女を見ていた
ドアのガラス越しに眼球だけを上に向け
確かめる女
家庭教師の部屋で結ばれたふたりに
ある日の欲情を思い出している最中だった


未詩・独白 自意識過剰にもなるだろう Copyright たちばなまこと 2005-01-04 11:10:11
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