木枯らしお父さん
平瀬たかのり
ところで洋子のことだと思いながら
お父さんは鉄板上のオムソバを前にしている
オムソバを最初に発案した人は神様じゃなかろうかと
焼きソバを卵で包むという所業など
もはや神の領域に達しているじゃないか
オムソバこそ神の食物だ
ソースをねろねろ塗りたくりながら
お父さんは考えている
ところで洋子のことだと思いながら
お父さんはマヨネーズに手を伸ばす
学生アルバイト店員Aがギョッとしたのはもちろん
妻折笠に道中合羽はおって長楊枝くわえた姿が原因だが
お父さんは分からなかったし
そうと知っても気にしなかっただろう
おそるおそる水を持ってきた同じく学生アルバイト店員Bに
「傷みいりやす オムソバひとついただけやすでしょうか」
とボソッと言っただけだ
ところで洋子のことだと思いながら
お父さんはマヨネーズを噴射し始める
マヨネーズを最初に考案した人もほぼ神だと考えつつ
網目状に噴射を続けながら同時に
洋子にカレシができたことを
ついにとうとうやめときゃいいのに思ってしまう
この場合カレシの発音はやはり今どきふうに平板な発音でなければならないわけであろうかだいたいワタシはあの平板な発音が大嫌いだバレーボールの中継を見ていてサーブをあの平板発音でやられるとたまらなくイライラするだから中学時代バレーボール部員(補欠)だったワタシが洋子のカレシを大嫌いになるのも当たり前だ
んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんっ
お父さんの呻き声といっしょに塗りつぶされていくオムソバ
店員AとBが夏休みの予定を話し始めた
よりにもよってカノジョと海へ行く予定であった
それこそはお父さんに聞こえてはならなかった
平板発音の「カノジョ」は最も聞こえてならなかった
ダンッ
コテでオムソバを両断するお父さん
ダッダンッダッダンッ
ダンッダダンッダンッダダンッ
鉄板上の無残な分断
青海苔と粉ガツオをわしづかみにして一気にふりかけると
もうオムソバは神の食物でもなんでもなくなってしまった
妻折笠も道中合羽もひたすら暑くるしいばかりで
長楊枝をくわえてしゃべるのに慣れていないから
何をしゃべってるのか自分でもよく分からない
それでもお父さんは言ってみた
「あっしには関わりのねえこって」
ぽたっ
じゅっ
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お父さんと洋子ちゃん